非常な決断

文字数 2,510文字

 アンナとシュバルツが病院を訪れた三日後、彼女らは神父の待つ部屋を訪れた。二人の訪問者は共に浮かない顔をしており、それに気付いた神父は不安そうな表情を浮かべている。
 訪問者らは、神父と向かい合う形でソファーに座っており、何かを話し始める様子は無かった。また、アンナの顔色は優れず、シュバルツはそんな彼女を心配している。
 
「それで、決心はついたのですね?」
 神父は、そう言うとアンナの目を真っ直ぐに見つめる。一方、問い掛けられた者は無言で頷き、そっと胸元に手を当てた。
「はい。このまま、何もしないよりは……と。それに、やらないで後悔をするより、やって後悔をする方がいいと、良く言いますでしょう?」
 そう返すと、アンナはにっこり笑ってみせる。しかし、その表情はどこか固く、彼女の顔を見た青年は心配そうに話し始めた。
 
「大丈夫? まあ、決めたっていうなら、俺は協力するけど」
 そう伝えると、青年はアンナの方に顔を向けて首を傾げる。対するアンナは小さく頷き、ゆっくり息を吸い込んだ。
「はい。このままで居るのも辛いですし……大丈夫、ですよ」
 そう伝えると、アンナは力なく笑ってみせた。彼女の話を聞いた神父と言えば無言で頷き、大きく息を吸い込んでから話し始める。
 
「では、シュバルツはアンナのサポートに回って下さい。万が一あの子が暴れた場合、アンナでは抑えきれないでしょうし」
 そう伝えると、神父は青年の顔を一瞥した。
「どう言った手順で行うか、それに必要な物をどうするか……これは、シュバルツに説明してからアンナに伝えます。直接二人に説明する方が早いのですが、色々と事情も御座いますからね」
 神父は、そこまで話したところで目を瞑り、静かに呼吸を整えた。
 
「何か質問は御座いますか? 聞いておくなら、今しかありませんよ?」
 そう言って、神父は対面に居る者達の顔を見やった。すると、神父の問いを聞いた二人は顔を見合わせ、アンナは暫く考えた後で首を振る。
「いいえ。これ以上、お伺いすることは」
 そう返すと、アンナは胸に手を当てて目を瞑った。すると、彼女の意見へ同意するように青年は頷き、シュバルツは神父の顔を見つめながら話し始める。
 
「じゃ、俺も。俺は、言われたことをやるまでだし?」
 そう伝えると青年は微笑し、神父の様子を窺った。
「そうですか、それは良かった」
 神父は、そう言うと目を瞑り、安心した様子で息を吐き出す。そして、細く目を開くと、微笑みながら言葉を続けた。
 
「では、準備が出来たら連絡致します。お二人とも、通常の仕事に戻って下さいな」
 彼の台詞を聞いた者達は無言で頷き、静かに部屋から立ち去った。一方、部屋に残った者は二人を見送った後で立ち上がり、ゆっくりと仕事机に向かって行く。
 その後、神父は机上の電話に手を伸ばし、幾つものボタンを押して会話を始めた。

 それから一週間が経った後、シュバルツは木々の立ち込める場所に立っていた。彼は、時折周囲を見回しながら溜め息を吐き、怠るそうに頭を掻く。
「おっそ」
 そう言って、青年は空を見上げた。この時、空は既に暗くなっており、少しずつ雲が増えている。
 
「雨が降ったら嫌だな……後処理が面倒そうだし」
 彼が呟いた時、シュバルツの元にユーグが現れる。ユーグは警戒しながら青年に近付いており、その表情は暗さのせいかはっきりしない。
 それでも、シュバルツはユーグの方に向き直り、微笑みながら口を開いた。
 
「こんばんは、ユーグ。こんな時間にごめんねー?」
 そう言うと、青年は腕を前に広げて前進をする。一方、彼の動きを見たユーグは立ち止まり、怪訝そうに話し始めた。
「で、何? 今じゃ無きゃ駄目なこと?」
 そう言うと、ユーグは青年の顔をじっと見つめた。シュバルツと言えば、笑みを浮かべながらユーグを見つめており、何かを話し出す様子は無い。この為、ユーグは次第に苛立ちを募らせ、わざとらしい溜め息を吐いてみせた。
 
「何も言わないなら帰る」
 それだけ言うと、ユーグは元来た道を戻ろうとする。しかし、その道に人影が見えた為、ユーグは驚いた様子で動きを止めた。
 人影が近付く度、その人物の輪郭がはっきりする。その人物はシュバルツより背が低く細身で、それが誰であるか気付いたユーグは唇を震わせた。
 
「ねえ、さん……なん、で?」
 ユーグがそう言うや否や、その姉は右腕を肩の高さほどに上げた。上げられた手には拳銃が握られており、その銃口はユーグの額に向けられている。
「これで、夜に呼び出した理由は分かったよね? こう言うことは、人目につかない暗い時が良い」
 そう伝えると、シュバルツは大きく息を吸い込んだ。一方、ユーグは置かれた状況が飲み込めないのか、銃口から逃れようとはしなかった。
 
「ま、俺は依頼されたことはやらなきゃならない立場だからさ。恨まないでよね?
 青年は、そう言うと細く息を吐き出した。この時、ようやく状況が飲み込めたのか、ユーグは姉を見つめたまま半歩下がった。すると、アンナはそれへ合わせるように前進し、ユーグは更に後方へ下がろうとする。
 しかし、ユーグの後ろに居た青年がその肩を掴んで制止し、それ以上下がることは叶わなかった。
 
「何で? 何で、姉さんが、こんな、こと」
 ユーグがそこまで話した時、アンナは銃に左手を添える。
「姉さん、って呼ばないで。私の妹はセーラだけ……だから、ここで消えてね、ユーグ」
 アンナは、そう言うと微苦笑した。その瞳には涙が浮かび、両手は小刻みに震えている。
 
「え、止めて、なんで」
「さようなら!」
 ユーグの声を遮って言うと、アンナは拳銃の引き金を勢い良く引いた。すると、その銃口からは白煙が噴き出し、ユーグはその場に倒れ込んでしまう。
 
 それを見たシュバルツは直ぐにしゃがみ込み、アンナは銃を握ったまま膝を付く。その後、青年は拳銃を受け取るとユーグを抱き上げ、アンナを見下ろしながら口を開いた。
「お疲れ様。この子は、俺が運んでいくから」
 そう言い残すと、シュバルツは夜道をゆっくり進んで行った。一方、アンナは膝を付いたまま震えており、直ぐに動き出す様子は無かった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

???
内容の都合上、名無し状態。

顔に火傷の痕があり、基本的に隠している&話し方に難有りでコミュニケーション力は残念め。
姉とは共依存状態。

シスターアンナ
主人公の姉。
ある事情から左足が悪い。
料理は上手いので飢えた子供を餌付け三昧。

トマス神父
年齢不詳の銀髪神父。
何を考えているのか分からない笑みを浮かべつつ教会のあれこれや孤児院のあれこれを仕切る。
優しそうでいて怒ると怖い系の人。

シュバルツ
主人公の緩い先輩。
本名は覚えていないので実質偽名。
見た目は華奢な青年だが、喧嘩するとそれなりに強い。
哀れな子羊を演じられる高遠系青年。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み