傷と痕と

文字数 2,849文字

 脱衣所には木製の棚があり、綺麗に洗われたタオルが何枚も置かれている。また、脱いだ衣服を入れる籠も有り、使い易い取っ手がついていた。

 ユーグは、着替えを棚に置くと上着を脱ぎ、それを籠に放り込む。その後もユーグは服を脱ぎ続けていき、最後に顔を覆っていた布を籠に入れた。
 
 覆いを取った下には火傷の跡が有り、それは口の上辺りから耳の高さまで広がっている。また、体の様々な場所にも傷跡が残っており、皮膚が窪んでしまっている箇所も有った。

 何も纏っていないユーグは浴室に入り、シャワーのバルブを勢いよく捻った。
 
 目を瞑って顔を下に向けると、ユーグは素早く髪を掻き乱した。ユーグは、髪が十分濡れたところで湯を止め、シャンプーを手に取って泡立て始める。

 ユーグは、きめ細やかな泡が立ったところで頭を洗い始め、指の腹を使って丁寧に汚れを落としていった。その間、体が冷えたのか背中を震わせるが、頭を洗い終えるまで手を止めることは無かった。
 
 ユーグは、頭を洗い終えたところでシャワーのバルブを大きく回す。そして、目を瞑って顔を上に向けると、髪に付いたままの泡を洗い流していった。

 泡を流し終えたユーグは、湯を流し続けたまま軽く肌を擦っていった。そして、体に付着した汗などの汚れを落とすと、数秒間シャワーのお湯を浴びてからバルブを閉める。ユーグは、浴室を出る前に激しく頭を振るい、髪に付いた水分を雑に切った。
 
 シャワーを浴び終えた者と言えば、脱衣所へ入るなりタオルで体を拭き始める。その後、体を拭き終えたところで服を着ると、大きめのタオルで頭と顔を覆った。

 ユーグは、顔をタオルで覆ったまま脱衣所を出ると、アンナが居る場所に向かって行く。この時、既にアンナは洗いものを終えており、リビングの椅子に座って寛いでいた。
 
「姉さん」
 ユーグの呼びかけにアンナは顔を向け、そのまま続く言葉を待つ。
「終わったから。姉さんも」
 アンナは頷き、ユーグはリビングから姿を消した。

 タオルで顔と頭を覆う者は、ゆっくりと寝室に向かっている。ユーグは若草色の部屋着を身に纏っており、そのサイズは袖を捲らねば手が隠れる程大きかった。
 
 寝室には二つのベッドが在り、ヘッドボードは窓側に向けられている。また、二つのベッドは壁に沿うようにして平行に並べられ、ベッド間には低めのテーブルが置かれていた。堅木で作られたローテーブルには青いクロスが掛けられ、その上には液体の入った小瓶が置かれている。

 ユーグは、向かって右側に置かれたベッドに腰を下ろすと、座ったまま腕を前方に伸ばした。その後、ユーグは上体を倒し、ゆっくり息を吐き出していく。
 
 ベッドのフットボード側にはクローゼットが在り、それには二人の服などが収められていた。クローゼットの殆どが木製で、取っ手だけが銀色の金属で作られている。

 ユーグが一息吐いた時、アンナが寝室へ入ってきた。彼女は、クローゼットを開けて部屋着を取り出すと、ユーグを一瞥してから部屋を出る。
 
 アンナが部屋を出た後、ユーグは両腕を横に伸ばして息を吸い込んだ。そして、息を吐き出しながら両脚を上げ、それを数十回繰り返す。

 その後、ユーグは全身をベッドに乗せ、頭の後ろで手を組んでゆっくり上体を起こした。ユーグが何度かそうしていると、部屋着に着替えたアンナが寝室に入ってくる。彼女は、ユーグと同じ色の服を身に付けており、ベッドの上に居る者を眺めながら頬に手を当てた。
 
「トレーニング?」
 姉の問い掛けを聞いた者は頷き、そのままトレーニングを続ける。ユーグは、何度かそれを繰り返した後、うつ伏せになって両手の平をベッドの掛け布団に触れさせた。

 一方、アンナはベッドの側面に腰を掛け、ベッドサイドに置かれたテーブルに目線を落とす。彼女は、テーブルに置かれた小瓶を手に取ると、その蓋を開けて中の液体を手に取った。そして、その液体を顔や首に塗ると、新たに小瓶から液体を出す。
 
「ユーグも、たまには塗ってみたら?」
 アンナは、そう言うと右の裾を捲り上げ、自らの脚に液体を塗っていった。彼女の脚には古い傷が幾つも有り、アンナは時折それをなぞりながら液体を塗り込んでいく。

「いいよ、別に」
 ユーグは体を起こし、姉の方へ顔を向ける。その後、ユーグは両脚を大きく横に広げると、右脚に沿わせるように上体を倒した。
 
「そう? 悪いものじゃないのだけれど」
 アンナは、そう言うと袖を捲り、両腕に液体を塗っていく。彼女は、液体を塗り終えたところで瓶の蓋を閉め、捲り上げていた裾や袖を元に戻した。

「でも、良いものでも無い」
 ユーグは、そう言うと体を起こし、今度は左脚に沿うようにして上体を倒す。気の無い返事を聞いたアンナは溜め息を吐き、小瓶の蓋を軽く叩いた。
 
「また、そんなこと……顔の跡だって、ちゃんと治療すれば綺麗になるのに」
 アンナがそう言った時、ユーグは体を前方に倒した。そして、顔だけを上げてアンナの顔を見ると、不機嫌そうに口を開く。

「いいんだよ、これは。憎しみを忘れたら、仕事出来ない」
 ユーグは、そう返すとゆっくり体を起こした。そして、脚を広げたまま上体を左右に捻り、何度かそうしたところで脚を閉じる。
 
「それに、姉さんが治ってない。なのに、僕だけ治るのは嫌。治すなら一緒が良い」
 アンナは複雑そうな表情を浮かべ、小刻みに首を横に振った。一方、ユーグはうつ伏せになっており、どこかふてくされた様子で枕を抱えている。

「ねえ、姉さん。姉さんは、悪夢って見る?」
 突然の問い掛けを聞いたアンナは目を丸くし、ユーグの様子を窺った。しかし、何秒か待ってもユーグが話し出す様子は無く、アンナは心配そうな声で問い掛ける。
 
「最近は見ないけれど……ユーグは見るの?」
 アンナは、そう問うと立ち上がり、ユーグの顔が見える位置に移動する。そして、顔が見える位置でベッドに腰掛けると、小さく首を傾げて返答を待った。

「見るよ。でも、起きたら夢で良かった。ってなる」
 ユーグは、そう言うと枕に顔を押し付けた。
 
「僕が弱いせいで、姉さんが死んじゃうんだ。幾ら呼んでも目を覚まさなくって。凄く、怖かった」
 絞り出すような声を聞いたアンナは立ち上がり、ユーグの頭を優しく撫でた。
「姉さんが居なくなったら、僕」
 ユーグは、そこまで話したところで口を閉じ、枕に顔を埋めたまま動かなくなる。
 
「大丈夫、私は居なくならない」
 アンナは、そう言うとユーグの顔を覗き込む。すると、ユーグは目を瞑って寝息を立てており、アンナは小さく息を吐き出した。

「いつも話の途中で寝ちゃうんだから」
 そう呟くと、アンナは自らのベッドから掛け布団を持ち上げる。そして、その布団を寝てしまった者の背中に掛け、自らも布団の下に潜り込んだ。

 アンナは、仰向けに寝るとユーグの背中に手を乗せ、慈しむようにその背中を撫でた。その後、アンナは横に居る者の顔を一瞥すると目を瞑り、静かに眠りに落ちていく。
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登場人物紹介

???
内容の都合上、名無し状態。

顔に火傷の痕があり、基本的に隠している&話し方に難有りでコミュニケーション力は残念め。
姉とは共依存状態。

シスターアンナ
主人公の姉。
ある事情から左足が悪い。
料理は上手いので飢えた子供を餌付け三昧。

トマス神父
年齢不詳の銀髪神父。
何を考えているのか分からない笑みを浮かべつつ教会のあれこれや孤児院のあれこれを仕切る。
優しそうでいて怒ると怖い系の人。

シュバルツ
主人公の緩い先輩。
本名は覚えていないので実質偽名。
見た目は華奢な青年だが、喧嘩するとそれなりに強い。
哀れな子羊を演じられる高遠系青年。

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