真の弱者とは誰を指すのか

文字数 3,684文字

 闇夜の中にユーグは居た。所々に在る街灯の周囲は明るかったが、それ以外の場所は月星の明かりに頼ることすら叶わない。それでも、ユーグは迷うことなく進んで行き、二階建ての家の前で立ち止まる。

 一階と二階それぞれに明かりの灯っている部屋が在り、二階からは男性のものと思しき叫び声がしていた。その声に気付いたユーグは顔を顰め、まずは一階の明るい部屋へ近付いて行く。
 ユーグが明るい部屋を覗くと、そこには落ち着かない様子の人影が在った。その人影は、大人としては小さく、それを確認したユーグは直ぐに玄関の方へ向かって行く。
 
 玄関に着いたユーグは、ゆっくりとした呼吸を繰り返して気持ちを落ち着け、それから男性の叫び声に合わせてドアを蹴破った。そして、楽しそうな笑みを浮かべると、足音を立てぬようにして先程覗いた部屋へ向かう。
 ユーグが明かりの灯った部屋を覗くと、入り口に背を向けて耳を塞ぐ女性の姿が在った。それを見たユーグは懐から黒い球体を取り出し、そっと女性に近付いて行く。
 
 耳を塞ぐ女性はユーグの接近に気付かず、黒い球体を持つ者は大きく息を吸い込んだ。ユーグは、息を止めて黒い球体を女性の足元に叩き付け、直ぐに部屋の外へと向かう。この時、叩きつけられた物体からは白い気体が霧散し、それに気付いた女性は慌てた様子で顔をあちこちに向けた。
 
 その後、女性は十秒と経たないうちに倒れ込み、それを見たユーグは部屋の外から様子を窺う。ユーグは、一分程様子をみたところで部屋へ入り窓を開けた。部屋に居た女性と言えば、換気後も動く様子は無く、それを見たユーグは拘束具を取り出す。
 
「実験、完了」
 そう呟くと、ユーグは女性の腕を後ろに回し、手首を拘束した。その後、女性の足首にも拘束具を嵌めると、ユーグは直ぐに部屋を出る。
 
 部屋を出たユーグは何度か大きい呼吸を繰り返し、階段の在る方へと向かって行った。そして、二階へ続く階段を見つめると、どこか辛そうに目を細める。ユーグは、浮かんだ考えを振り切るように頭を振るい、階段を上り始めた。二階からは相変わらず男性の怒声が響いていたが、それはユーグが階段を半分上ったところで消える。しかし、代わりに大きな足音が響き、それに気付いたユーグは息を殺した。
 
 幸い、男性が階段を下りることも侵入者に気付くことも無かった。この為、ユーグは胸を撫で下ろし、腰を折って交互に手を突きながら階段を上る。階段を上りきったユーグは、二階の明かりが付いていた部屋へ向かって行った。すると、その部屋に大人は居らず、散らかった空間の奥に小さな命があった。また、床には様々な生活用品が落ちており、赤褐色や黒色の染みも残っている。
 
 小さな命は、透明の袋に詰め込まれており、顔色は赤紫色に染まりつつある。この為、ユーグは直ぐにその命に近付き、袋を破って子供を助け出そうとした。しかし、ユーグは途中で物音を立ててしまった上、透明の袋は簡単には破けなかった。
 
 その後、ユーグは何とかして袋に穴を開けるが、その瞬間左肩に鈍い痛みを感じる。痛みを感じたユーグと言えば、直ぐに後方を振り返って身構えた。すると、部屋には大柄の男が居り、その右手には金属製のバットが握られている。
 
「なんだ、手前は? 勝手に入ってきやがって!」
 そう叫ぶと、男性はバットを勢い良く振り上げる。一方、それに気付いたユーグはホルダーから拳銃を引き抜き、直ぐに男性の双肩を撃ち抜いた。
 肩を打ち抜かれた男は唸り声を上げ、持っていた物を床に落とす。一方、それを見たユーグは銃口を下げ、楽しそうな笑みを浮かべた。
 
「ねえ、もうお終い? お終いなの?」
 そう言い放つと、ユーグは男の両膝を撃ち抜いた。撃たれた男と言えば、その衝撃で後方に倒れ、ユーグは倒れた者の胸部を強く踏みつける。
「ねえ? 今、どんな気分? 勝てると思った相手に、踏みつけられる気分ってさ」
 そう話すと、ユーグは男の額に銃口を向ける。そして、目を細めて口角を上げると、ゆっくり息を吐き出した。
 
「本当はさ、このまま頭を撃ち抜いてやりたいよ。でも、それじゃアンタと一緒になるし……命を奪うのは、禁止されているしね」
 そう話すと、ユーグは男を嘲るように笑い声を上げた。一方、男は倒れたままユーグを睨み付け、苛立った様子で怒声を発する。
 
「何、怒ってるの? 知ってるよ? アンタなんて、抵抗手段の無い子供を何度もいたぶってきたんでしょう?」
 ユーグは、そう言うと男の右肘を勢い良く踏みつけた。すると、ユーグが踏みつけた箇所からは鈍い音がし、男は新たな痛みに顔を歪ませる。
 
「アンタが二度と暴力を振るえないように、しっかり痛みを味合わせてやるよ」
 そう言って、ユーグは銃創を避けながら男の体を踏みつけていった。そして、男が何も声を上げなくなったところで深呼吸をし、静かに子供の方を振り返る。
「ああ、うん。こっちが優先、か」
 ユーグは、そう言うと子供を袋から出して抱き上げた。そして、意識を失っている男を一瞥すると、素早く家の外へ向かう。
 
 その後、ユーグは周囲の気配に気を付けながら夜道を歩き、藍色をした車の前で立ち止まる。そして、そのハンドルに刻まれた紋章を確認すると、運転席の窓を軽く叩いた。すると、運転席に座る者は後部座席のドアを解錠し、目線を後方へ動かす。運転手の目線の動きを見たユーグは解錠されたドアを開け、後部座席に子供を寝かせた。そして、ユーグは静かにドアを閉めると、車外から運転手の顔を見つめる。
 
「完了。後は任せた」
 ユーグの声が聞こえたのか、運転手は車を発進させた。一方、ユーグはその車を見送ると歩き始め、覚束ない足取りで家へ向かって行く。

 自宅の前まで来た時、ユーグは辛そうに肩を押さえていた。ユーグは、自らの家を見て安心したのか気を失い、花壇の横でうつ伏せに倒れ込む。
 倒れ込んだ者は、日が昇っても目を覚ますことは無く、水やりの為に家を出た姉が気付くまでそのままだった。アンナは、ユーグを起こそうと声を掛けるが反応は無く、何とかして気付かせようと肩に手を触れた。しかし、姉は肩の腫れと熱さに気付くなり手を離し、声を荒げて倒れている者の名前を呼ぶ。
 
 すると、ユーグはうっすらと目を開いて姉の顔を見上げた。しかし、体を起こすことは出来ず、開いた目も直ぐに閉じてしまう。ユーグの状態を見た姉は、顔色を悪くして直ぐに自宅へ戻った。彼女は、十分程したところでユーグの元に戻り、腫れた肩に氷嚢を当てる。
 それから程なくして、二人の元に救急車が到着し、ユーグは意識を失ったまま病院へと運ばれた。

 ユーグが目を覚ました時、その瞳には病室の天井が映し出された。ユーグは、何度かゆっくりとした呼吸を繰り返すと目線を右に向け、今の状況を確認しようとする。
 ユーグの横には、心配そうな表情を浮かべるアンナの姿が在った。彼女は、ユーグが目を覚ましたことに気付くなり涙を浮かべ、それを見た者は目を丸くする。
 
「良かった……お医者様は、命に別条は無いと仰っていたけど、目を覚まさないのだもの」
 アンナは、そう言うと指先で涙を拭って笑顔を浮かべた。そして、ユーグの頭を優しく撫でると、首を傾けて話を続ける。
「内出血が酷いのと、骨のひびが原因らしいのだけど……様子をみる為にも、暫くは入院しなさいって」
 それを聞いたユーグは小さく頷き、その仕草を見た姉は安心したように目を細める。
 
「あ、患部は動かしちゃ駄目みたい。治りが遅くなるからって」
 そう伝えると、アンナは唇にそっと指先を添えた。
「だから、不自由が有ったら遠慮無く言ってね。神父様に連絡をしたら、状態が落ち着くまでの数日は、休んで良いと仰ってくれたから」
 姉の話を聞いたユーグは目を丸くし、それから照れくさそうな笑顔を浮かべる。
 
「ありがと、姉さん。でも、利き手、右だから……そこまで、不自由じゃ無い」
 ユーグの台詞を聞いた姉はどこか残念そうに目を細め、それを見た者は再び口を開く。
「かも」
 そう加えると、ユーグは自らの左肩をじっと見つめた。すると、服で隠れてはいるものの膨らみが有り、それを確認したユーグは大きく息を吐き出す。
 
「そんなに、痛く無いんだけどな」
 それだけ言うと、ユーグは姉の方に目線を動かした。そして、やや上目遣いでアンナの目を見つめると、先程より高い声で話し始める。
「片手だと、果物の皮剥けないか。やっぱ、不便かも」
 それを聞いたアンナは微笑し、それから手を合わせて口角を上げる。
 
「じゃあ、治るまでは代わりに剥いてあげる。ユーグ一人分くらい、どうってことないもの」
 そう返すと、アンナは立ち上がって柔らかな笑みを浮かべた。
「そうだ。家からユーグの着替えを持って来なきゃだから、ついでに新鮮な果物も買ってくるわね。ちょっと寄り道になるけど、なるべく早く戻るから」
 そう言って、アンナはユーグの目を見つめた。対するユーグは無言で頷き、その仕草を見た姉と言えば、静かにユーグの病室を出る。
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登場人物紹介

???
内容の都合上、名無し状態。

顔に火傷の痕があり、基本的に隠している&話し方に難有りでコミュニケーション力は残念め。
姉とは共依存状態。

シスターアンナ
主人公の姉。
ある事情から左足が悪い。
料理は上手いので飢えた子供を餌付け三昧。

トマス神父
年齢不詳の銀髪神父。
何を考えているのか分からない笑みを浮かべつつ教会のあれこれや孤児院のあれこれを仕切る。
優しそうでいて怒ると怖い系の人。

シュバルツ
主人公の緩い先輩。
本名は覚えていないので実質偽名。
見た目は華奢な青年だが、喧嘩するとそれなりに強い。
哀れな子羊を演じられる高遠系青年。

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