傷を癒すは家族か仲間か

文字数 2,283文字

 一人になったユーグが部屋を見回すと、そこには当人が横になっている以外のベッドは無かった。また、クリーム色のカーテンは閉じられており、天候のせいもあってか光は差し込んで来ない。
 
 しかし、病室の照明は十分明るく、細かい作業をしない分には不自由は無い。ユーグの居るベッドの左側には木製のクローゼットが有り、それはベッド側から開けられるようになっていた。とは言え、肩を負傷したユーグが寝た体勢のままクローゼットを開けることは出来ず、中を確認することも出来ない。左側を確認したユーグが目線を右へ動かすと、そこには部屋番号を確認する青年の姿が在った。青年は、確認を終えると直ぐに部屋へ入り、黒髪の訪問者に気付いた者は小さく息を吐き出す。
 
 訪問者の青年と言えば、ベッドサイドに置かれた椅子に腰を掛け、ユーグの様子を窺った。一方、ユーグは怪訝そうに目を細め、青年が何をしに来たのかを考えている。
「良かった。思ったよりは元気そうで」
 青年は、そう話すと椅子の前面に手をついた。そして、ユーグの顔色を確認すると、安心した様子で微笑する。
 
「何、それ。状態知らないくせに」
 そう伝えると、ユーグはシュバルツと目線を逸らす様に顔を左に向けた。対するシュバルツは首を傾げ、片目を瞑って言葉を発する。
「思ったよりは、だって。実際、俺に悪態付ける位には元気みたいだし?」
 青年の台詞を聞いた者は、目線を逸らしたまま頬を膨らませた。そして、気怠るそうに溜め息を吐くと、渋々といった様子でシュバルツの方へ顔を向ける。
 
「気を失ったまま病院に運ばれたって聞いたら、何かと思うじゃん? でも、実際に会ってみたら起きてるし、辛そうな表情とかしてないし」
 シュバルツは、そこまで話したところで目を瞑り、ゆっくり息を吸い込んだ。
「でも、無事で良かった。俺が行かせた場所からユーグが帰らなかったら嫌だし」
 青年の話を聞いている者は、彼が何を言いたいのかを考えていた。しかし、その真意は分からず、無言のままシュバルツの話を聞き続ける。
 
「ま、仕事のことは忘れて治療に専念してよ。報告は、後で聞くから」
 シュバルツは、そこまで話したところで立ち上がり病室を出た。一方、ユーグは訪問者の背中を無言のまま見送り、病室は静寂に包まれる。しかし、その静寂はアンナが戻ってくるまでのことで、それからは姉との会話が始まった。
 
「お待たせ、ユーグ。先ずは、着替えを仕舞っちゃうわね」
 そう伝えると、アンナはクローゼットを開けて数日分の着替えを仕舞いこむ。そして、ベッドの横に在る椅子へ腰を下ろすと、買い物籠を大腿の上に乗せた。
 アンナが購入した果物はどれも新鮮なもので、その殆どが甘い香りを放っていた。その香りに気付いたユーグは首を擡げ、姉が何を買って来たかを確認しようとする。
 
「オレンジとか、林檎とか……近くでは採れないものを選んでみたの」
 アンナは、そう言うと買い物籠から一つの林檎を取り出した。すると、ユーグは喉を鳴らして林檎を見つめ、それに気付いた姉は柔らかな笑顔を浮かべる。
「これにする? そうしたら、食べやすい大きさに切ってくるけど」
 姉の質問を聞いたユーグは小さく頷き、肯定の返事を受けた者はゆっくり立ち上がった。
 
「じゃあ、調理場に行ってくるわね。お皿も借りなきゃだし」
 そう言って、アンナは椅子の横に在る台へ籠を乗せた。そして、一つの林檎を持って部屋を出ると、静かに目的とする場所へ向かって行く。
 アンナが退室した後、病室に残された者は果物の入った籠を確認しようとした。しかし、籠はベッドに横になった状態では見えにくく、ユーグは残念そうに溜め息を吐く。
 
 部屋を出てから十数分後、アンナは白い皿を持って戻ってくる。その皿の上には、皮を剥かれ八等分にされた林檎やフォークが乗せられ、アンナはそれを持ったまま椅子に腰を下ろした。その後、アンナはフォークを林檎の一欠けに刺すと、それをユーグの口元へ差し出す。
 
「はい、どうぞ」
 そう言うと、アンナは軽く首を傾げて微笑んだ。一方、ユーグは気恥ずかしそうに口を開き、差し出された果物に齧りつく。
 林檎を口に含んだ者は、目を瞑って咀嚼し、果汁が溢れそうな食物を味わった。そして、噛み砕いた林檎を飲み込むと、目を開いて姉の顔を見つめる。
 
「美味しい。ありがと、姉さん」
 そう伝えると、ユーグは満足そうな笑顔を浮かべた。そして、林檎に目線を移すと、無言でそれを見つめ続ける。
「どういたしまして」
 アンナは、そう言うとフォークで刺した林檎をユーグの口元へ運ぶ。そうして、ユーグはゆっくり林檎を食べていき、それが無くなったところでアンナは食器を片付ける為に病室を出た。アンナが部屋に戻った後、ユーグと姉は他愛の無い話を続け、それは面会時間が終わるまで続いた。
 
 病院に運ばれてから三日後、ユーグは姉に付き添われながら退院した。この際、肩の腫れは引いてきていたが、完治していないせいか包帯は巻かれたままである。
 家に戻ったユーグは、安静の為に寝室で横になった。一方、アンナは病院から持ち帰ったものを片付け、それから教会へ向かって行く。
 
 アンナが向かう教会の一室では、神父とシュバルツが対面していた。この際、神父は自分用の椅子に座っていたが、青年は部屋のドアに背を向けて立っている。椅子に座る者は、青年へ部屋のソファーに座って待つよう指示し、シュバルツは言われた通りの行動を取る。その数分後、神父はシュバルツと向き合う形でソファーに腰を下ろし、微笑みながら青年の目を見つめた。
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登場人物紹介

???
内容の都合上、名無し状態。

顔に火傷の痕があり、基本的に隠している&話し方に難有りでコミュニケーション力は残念め。
姉とは共依存状態。

シスターアンナ
主人公の姉。
ある事情から左足が悪い。
料理は上手いので飢えた子供を餌付け三昧。

トマス神父
年齢不詳の銀髪神父。
何を考えているのか分からない笑みを浮かべつつ教会のあれこれや孤児院のあれこれを仕切る。
優しそうでいて怒ると怖い系の人。

シュバルツ
主人公の緩い先輩。
本名は覚えていないので実質偽名。
見た目は華奢な青年だが、喧嘩するとそれなりに強い。
哀れな子羊を演じられる高遠系青年。

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