後悔と崩壊

文字数 3,422文字

 シュバルツが椅子に座ってから十数分後、彼の左側から光が差し込んだ。ドアが開けられたことに気付いた青年はそちらに顔を向け、ドアを開けた者の顔を見やる。
 ドアの横には、先程シュバルツと会った看護師が居た。彼女は、入室するとドアの内側から鍵を掛け、照明のスイッチを入れた。そして、看護師はシュバルツの前の席に座ると、溜め息交じりに言葉を発する。
 
「全く……いつも、暗い中で待っているんだから」
 看護師は、呆れた様子で首を振った。対するシュバルツは不機嫌そうな表情を浮かべ、前腕をテーブルの上に乗せる。
 
「俺しか居ない時は勿体無いだろ。何か作業をする訳でもなし」
 そう返すと、黒髪の青年は看護師から目線を逸らした。彼は目を逸らしたまま息を吐き出すと、無言で看護師の反応を待つ。
 
「ま、いいわ。有ったことを話して頂戴」
 看護師の話にシュバルツは頷き、目線を前方へと戻した。そして、彼は大きく息を吸い込むと、赴いた先で起きた出来事を看護師に伝え始める。話を聞く看護師の表情は次第に暗くなり、シュバルツの話す早さは遅くなっていった。
 
 シュバルツの話が終わった時、看護師は目線を下に向け唇を噛んだ。話を終えた青年は疲れた様子で目を細め、そのまま看護師の言葉を待つ。しかし、看護師も直ぐには良い台詞が浮かばないのか黙ったままで、暫くの間部屋には無言の時が流れた。
 
「俺は、このことを上に報告しなくちゃならない。俺が上に提案して起きたことだし、連れ出したのも俺だ。お叱りを含め長くなるかもしれない」
 シュバルツは、そこまで伝えたところで息を吸い込み、申し訳無さそうに言葉を続ける。
 
「だから、二人の心のケアは任せる。俺なんかより、毎日のように二人と接している人の方が向いているだろうし」
 シュバルツは、そう伝えると立ち上がり、看護師の顔を見下ろした。すると、看護師は青年の顔を見上げて頷き、それを見たシュバルツは部屋の鍵を開ける。彼は、ドアを少しだけ開けて部屋の外を確認すると、看護師に目配せをしてから部屋を出た。
 
 看護師は、青年が去った数分後に立ちあがり、電気を消して部屋を出る。その後、彼女は辛い気持を払拭するように首を振り、姉妹の居る病室へと向かって行った。
 看護師が姉妹の病室に入った時、レイラは妹のベッドに顔を埋めたままだった。また、セーラも気を失ったままで、姉妹の様子を見た看護師はレイラの肩を揺すって声を掛ける。
 
 すると、レイラはゆっくり顔を上げ、声を発した者の目を見上げた。この時、少女の目は腫れており、顔を伏せていたせいか髪は乱れていた。そんなレイラの様子を見た看護師は少女の髪を優しく撫で、それから微笑を浮かべて口を開く。
 
「大丈夫? 膝とか痛くない?」
 看護師の問いを聞いたレイラは、数秒の間を置いてから頷き立ち上がろうとした。しかし、ずっと同じ姿勢をしていたせいか直ぐには立てず、それに気付いた看護師はレイラの起立をそっと助ける。
 
「ありがとう、ございます」
 レイラは、そう言うと恥ずかしそうに目線を逸らし、妹の姿を見下ろした。
「どういたしまして。それより、寝るならベッドでね。床は冷えるから、風邪をひいちゃうわよ?」
 看護師の台詞を聞いたレイラは声のした方に顔を向け、それから強く目を瞑った。その後、少女は薄眼を開いて涙声を漏らし、看護師の胸元に顔を埋める。一方、看護師はレイラの背中に手を回し、そっと少女を抱き寄せた。
 
「どうしたの? 寂しくなっちゃった?」
 看護師は、そう言うとレイラの頭を撫で、小さな背中を軽く叩いた。対するレイラは少しの間を置いてから顔を上げ、鼻を啜りながら看護師の顔を見上げる。
 
「セーラが倒れていて、パパが……パパがそれをやったみたいで。それで、セーラが目を覚まさなくって」
 レイラは、そこまで話したところで目線を下げ、何度か大きな呼吸を繰り返した。辛そうな少女の
を見た看護師は無言でレイラを抱きしめ、そのまま続く言葉を待つ。
 
「止められなかった。私が……私が起きていれば、セーラが飛び出すことも無かったのに!」
 レイラは、そう言うと膝をつき、震える両手で顔を覆った。一方、その様子を見た看護師はレイラを抱き上げ、少女をそっとベッドに寝かせる。
「ごめ……なさい」
 絞り出すような声を聞いた看護師は困ったように微笑み、少女の体に布団を掛けた。
 
「私が、看護師さんに無理を言ったから。パパに会いたいなんて言ったから」
 レイラは、そう言うと目を開き、横になった状態で看護師の目を見つめる。
「会いに行かなかったら、こんな……こんな。私が、私のせいでセーラは」
 この時、看護師は言葉を遮るように少女の唇に指を触れさせ、柔和な笑みを浮かべて口を開いた。
 
「駄目よ、悲観的になっちゃ。お姉ちゃんが悲しんでいたら、セーラちゃんだって悲しむわ」
 看護師は、そう言うとレイラから手を離し、セーラの姿を一瞥する。
「それにね、レイラちゃんは悪くない。子供が、パパに会いたくなるのは普通のことだもの」
 看護師は、そう言うと首を傾げレイラの反応を待った。彼女の話を聞いたレイラと言えば、何度か息を吸い込んだ後で両手を強く握りしめる。
 
「だけど、私は知っていたのに。シュバルツさんの話だって、私がちゃんと受け止めていれば!」
 レイラは、そう言い放つと下唇を噛んだ。その為、少女の唇には血が滲み、それを見た看護師は酷く心配そうな表情を浮かべる。
 
「私も知っていたし、シュバルツの話も聞いたわ。だから」
 この時、レイラは看護師の話を遮るような声で泣き出し、それを見た看護師は慌てて少女の上体を胸に抱く。そして、看護師は赤子をあやす様にレイラの背中を軽く叩き、小さな少女を落ち着かせようとした。
 
「大丈夫よ、大丈夫。大丈夫だから」
しかし、それでもレイラは泣き止まず、看護師は数十分の間少女を抱いていた。少女が泣き疲れて眠った時、看護師はレイラを仰向けに寝かせる。その後、彼女は部屋の電気を消すと、足音をたてないようにして病室を去った。
 
 それから一晩が経ち、セーラはようやく目を覚ます。しかし、その瞳は虚ろで、前日のショックから抜け切れていないようでもあった。また、レイラも疲れが取れていないのか顔色が悪く、様子を見にきた看護師は手前から順に姉妹の顔を覗き込む。
 
「二人とも大丈夫? 辛かったら、遠慮しないで言うのよ?」
 看護師は、そう言うと微笑み、姉妹の反応を待った。すると、レイラは看護師の顔を見上げ、掠れた声で話し始める。
 
「私は……特に痛い所とか無いです。でも、セーラは」
 レイラは、そう言うと上体を起こし、妹の様子を窺おうとした。しかし、昨日の疲れのせいか上手くいかず、よろけた体を看護師が支える。
 
「無理しちゃ駄目。レイラちゃんだって、辛いでしょ?」
 看護師は、そう言うと首を傾げ、軽く左目を瞑った。一方、レイラは小さく頷くと目を伏せ、小声で肯定の返事をなす。
 少女の返答を聞いた看護師はレイラを立ち上がらせ、小さな体を支えながらセーラの近くに連れていった。そして、共にセーラの顔を覗き込み、少女の名を優しく呼ぶ。ところが、少女がその呼び掛けに反応することは無く、レイラはセーラのベッドに寄りかかりながら言葉を発した。
 
「セーラ? どうしたの? どこか痛いの?」
 すると、レイラの妹は声のした方に顔を向け、気怠るそうに目を細めた。
「セーラ、寝てる」
 不意に妹の声を聞いたレイラは目を見開き、戸惑った様子で看護師の顔を見上げた。対する看護師は、辛そうにセーラの顔を見下ろしており、レイラの視線に気付く様子は無い。この為、レイラは妹の目を見つめ、震える声で問い掛けた。
 
「寝てるってどういうこと? セーラ、もう起きてるじゃない」
 レイラの台詞を聞いた妹は首を傾げ、困った様子で溜め息を吐いた。
「セーラは、寝てる」
 その一言を聞いた姉は素早い瞬きを繰り返し、妹に顔を近付けながら口を開く。
「それって、どういうこと? だって、セーラは今こうやって話しているじゃない」
「僕、セーラじゃ、ないし」
 妹は、そう話すと姉から目を逸らし、目を逸らされた者は怪訝そうに口先を尖らせる。
「セーラじゃないなら誰? 貴方は、私の妹のセーラでしょ?」
 レイラの話を聞いた妹は小さく息を吐き出し、それからゆっくり首を振った。
「僕は、誰……って? 僕は……」
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登場人物紹介

???
内容の都合上、名無し状態。

顔に火傷の痕があり、基本的に隠している&話し方に難有りでコミュニケーション力は残念め。
姉とは共依存状態。

シスターアンナ
主人公の姉。
ある事情から左足が悪い。
料理は上手いので飢えた子供を餌付け三昧。

トマス神父
年齢不詳の銀髪神父。
何を考えているのか分からない笑みを浮かべつつ教会のあれこれや孤児院のあれこれを仕切る。
優しそうでいて怒ると怖い系の人。

シュバルツ
主人公の緩い先輩。
本名は覚えていないので実質偽名。
見た目は華奢な青年だが、喧嘩するとそれなりに強い。
哀れな子羊を演じられる高遠系青年。

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