甘く柔らかなひと時

文字数 4,944文字

 そうして姉妹の生活は過ぎていき、一週間程経ったところでセーラは腕を動かせる位に回復した。しかし、一向に言葉を話す様子は無く、それがレイラの不安を募らせていく。
 姉は、そのことについて看護師に尋ねようとするが、それを聞いた妹が不安になるかも知れないと考え躊躇った。そうしている間にも、セーラは一人で食事を摂れる程に回復し、用意される料理には固形物が増えていく。
 
 栄養を充分に摂れるようになったセーラの体力は段々と回復していき、レイラも杖をつきながら歩けるようになっていた。しかし、体を動かせるようになったセーラは巻かれた包帯が気になるのか、看護師らの目を盗んでは顔に巻かれた布を取り去っていた。
 
 この為、看護師はセーラに包帯を取らぬよう言い聞かせるが、それは逆効果となってしまう。セーラは、包帯を治りかけた皮膚ごと取り去り、それでも違和感が拭えなかったのか火傷の跡を自らの爪で傷つけた。それにより、セーラの手や身の回りのものは血塗れととなり、それに気付いたレイラは慌てて看護師を呼ぶ。
 
 レイラに呼ばれた看護師は、直ぐに患部を消毒し、指示を仰ぐために医者を呼んだ。医師は、セーラの状態を見るなり処置を始め、その処置が終わった後で部屋を去る。
 一方、看護師はセーラを別のベッドに寝かせ、手の汚れを拭って服を着替えさせた。そして、汚れたシーツなどを畳んで纏めると、それを抱えて病室を去る。
 
 この時、セーラはレイラの対面に在るベッドに寝かされており、姉は杖を使って妹の方へ向かった。そして、姉はベッドの横に立つと、心配そうにセーラの顔を覗き込む。
「セーラ……駄目だよ、そんなことしたら治らないよ」
 姉は、そう伝えると目を細めた。その後、レイラは妹の右手を握り、セーラの目を真っ直ぐに見つめる。
 
 対するセーラは姉から目を逸らし、どこかふてくれた様子で音を立てながら息を吐く。彼女の腕にも包帯が巻かれていたが、それは外しにくいのかセーラが取ろうとする様子は無かった。
「色々不便そうだし、嫌なのは分かるよ? でも、悪くなったらもっとぐるぐる巻きにされちゃうんだから!」
 そう言い放つと、レイラは妹から手を離した。彼女は、離した右手を上に伸ばすと、そのまま大きく回してみせる。この時、レイラの目には涙が浮かんでおり、妹を心配していることが見て取れた。
 
 姉の涙を見たセーラは口を引き結び、目を伏せる。そして、妹は右手を震えさせると、自らの左手を強く握った。
「う……あ」
 セーラは、絞り出す様に声を発するが、それは意味のある単語になることすらなかった。レイラは、そんな妹を心配そうに見つめ、そのまま倒れるようにして後ろに在るベッドへ腰を下ろした。そして、杖をベッドの横に掛けると、姉は両手で顔を覆って泣き始める。
 
 姉の泣く姿を見たセーラはベッドを下り、姉の方へ行こうとした。しかし、まだ立ち上がる力が無いのか、手を使いながら這っていく。
 妹は、姉の足元まで来たところでレイラの顔を見上げ、何度か低い声を漏らした。その様子を見たレイラは妹の顔を見下ろし、地面に手を付いているセーラを抱き上げようとする。しかし、今のレイラにそれは出来ず、彼女は悔しそうに唇を噛んだ。
 
 二人がそうしていると、真っ白なシーツを抱えた看護師が部屋に入ってきた。彼女は、開いているベッドにシーツを置くと、直ぐにセーラを抱き上げる。そして、レイラが座っている前のベッドへ寝かせると、心配そうに口を開いた。
 
「大丈夫? ごめんね、ここじゃ」
「違うの、私が泣いたから」
 レイラは、看護師の声を遮るように話し、手を伸ばして白衣を掴む。白衣を掴まれた看護師は声のした方へ顔を向け、それに気付いたレイラは言葉を続けた。
 
「私が泣いたから、セーラは心配してくれたの。でも、私はセーラに何も出来ない」
 姉はそう言うと目を伏せ、涙を溢す。レイラの涙を見た看護師は腰を折り、少女の目をそっと見上げた。
「そんなことは無いのよ。もし、セーラちゃんが一人だけだったら」
 
「こんに……って、今お取り込み中?」
 看護師が話し始めた時、胸元を隠すほどの荷物を抱えたシュバルツが部屋へ入ってきた。彼は、大きな木箱を抱えており、その上には紙で作られた白い箱が乗せられている。紙で出来た箱からは甘い香りが漏れ出し、シュバルツはその箱越しに姉妹や看護師を見つめた。
 
「ごめんね、騒がせちゃって。これを置いたら出ていくからさ」
 シュバルツは、そう言うと部屋の奥に木箱を置いた。その後、彼はゆっくり腰を伸ばし、木箱に乗せられた紙の容れ物を持ち上げる。一方、シュバルツの様子を見た看護師は立ち上がり、彼の方に向き直って首を傾げた。
 
「いいえ。それより、どうしたの?」
 そう問うと、看護師はシュバルツの持つ箱に目線を移した。彼女の目線に気付いた青年は笑みを浮かべ、レイラの座るベッドに箱を乗せる。そして、シュバルツは箱をゆっくり開けると、その中身を姉妹へ見せた。箱の中には、苺などの果物がふんだんに乗せられた丸いケーキが入れられており、そこからは甘い香りが漂っている。それを見たセーラはケーキを見たまま口を開き、看護師は片目を瞑って言葉を発する。
 
「じゃあ、お皿とスプーンを用意しないとね」
 そう話すと、看護師はシュバルツの目を真っ直ぐに見つめた。彼女は、青年が持つ箱の蓋を閉めると持ち上げ、笑顔を浮かべながら言葉を続ける。
 
「シュバルツは二人をお願いね。持ってきた木箱の説明も有るでしょうし」
 看護師は、そう言うと木箱を一瞥して部屋を出た。病室に残されたシュバルツは木箱を持ち上げ、それを姉妹の居る近くまで運ぶ。そして、木製の蓋を外して床に置くと、箱の中身を取り出してみせた。姉妹は、彼がそうしている間中箱を見つめており、箱の中身を見た途端頬を赤らめる。シュバルツが初めに取り出したのは熊のぬいぐるみで、その首には桃色のリボンが巻かれていた。また、それは二つ用意されており、青年はそれを一つずつ姉妹に手渡す。
 
 ぬいぐるみを受け取った姉は礼を言い、声の出せない妹はぬいぐるみを抱きしめて喜びを表した。対するシュバルツは二人の様子を見つめ、笑顔を作って口を開く。
「他に本も持って来たんだ。病室に居るばかりじゃ、つまらないだろうし」
 シュバルツは、そう伝えると木箱から何冊かの本を取り出した。彼はそれらを暫く姉妹に見せてから木箱に戻し、蓋を閉める。
 
「後で好きなのを読んでみてよ。飽きたら、また別の本を持ってくるから」
 青年は、そう言うと姉妹の顔を静かに見やった。彼の言葉を聞いたセーラは小さく頷き、レイラは礼を言いながら頭を下げる。
「いいの、お礼なんて。新しい本でも無いしね」
 言って、シュバルツは目線を上に向けた。
 
「それに」
 青年が話し始めた時、看護師が切り分けられたケーキを乗せたプレートを持って戻った。この為、シュバルツは話すことを止め、看護師の居る方へ顔を向ける。
 青年が看護師の持つプレートを見やると、ケーキ以外にもスプーンやオレンジジュースの注がれたカップが乗せられていた。皿に乗ったケーキは四つに切り分けられており、それを見たシュバルツは小さく笑う。
 
「お待たせ。って、シュバルツ……テーブルの用意位、しておいてくれても良いんじゃないかしら?」
 そう言い放つと、看護師はプレートを持ったまま青年の目を見つめた。対するシュバルツは細く息を吐き出し、気怠るそうに頭を掻く。
 
「はい、はい……じゃ、セーラちゃんの方から設置しますかね」
 そう呟くと、シュバルツはセーラの居るベッドへ近付いた。そして、彼は簡易テーブルを設置すると、今度はレイラの座るベッドにテーブルを設置する。
 
 その後、テーブルの準備を終えたシュバルツは看護師の目を見つめ、彼女がケーキを置きやすいように場所を開けた。すると、看護師はそれぞれのテーブルにケーキやスプーンを置き、軽くなったプレートを青年に渡す。そして、そこからケーキの乗せられた皿とスプーンを取ると、笑顔を浮かべながら姉妹の方に顔を向けた。
 
「ちょっと待て、俺はテーブルの」
「頂きましょうか」
 看護師はシュバルツの言葉を遮って話し、言葉を遮られた青年は溜め息を吐く。この時、看護師はシュバルツのことを気にすることなくケーキを食べ始め、それを見たセーラもスプーンを手に取った。
 
 シュバルツは、看護師の横顔を見ながら呆れ顔を浮かべ、床に置かれた木箱にプレートを乗せる。そして、そこからケーキ皿を手に取ると、スプーンを掴んで右奥にあるベッドに腰を掛けた。
 シュバルツは座ると直ぐにケーキを食べ始め、それを見たレイラは安心した様子でケーキに乗せられた苺を口に含む。彼女は、そのみずみずしさに笑顔を浮かべ、嬉しい気持ちを共有しようと妹を見やった。すると、セーラは既にケーキを半分ほど食べ進めており、それを見た姉は小さく笑い声を上げる。
 
 姉妹は、時折ジュースを飲みながらケーキを食べ、看護師らも少女らの様子を見ながら食べ続けた。看護師は、全員が食べ終わったところで皿を集め、プレートに乗せた。その後、看護師は皿を乗せたプレートを持ち上げると、シュバルツに後片付けを言い付けて病室を去る。
 この際、シュバルツは気の無い返事を返し、大きな欠伸をした。そして、姉妹の様子を見やると、首を傾けながら口を開く。
 
「本を読むなら、テーブルが有った方が楽だよねえ?」
 そう話すと、シュバルツはレイラの目をじっと見つめた。対するレイラは小さく頷き、それを見た青年は木箱の中に入れられていた本を何冊か取り出す。そして、それらをレイラの座るベッドに設置されたテーブルに置くと、新たに木箱から本を取り出した。
 彼は、それをセーラの居るベッドまで運ぶと、本をテーブルに乗せながら口を開く。
 
「セーラちゃんには絵本。字は、もう読めたりするの?」
 シュバルツの問いにセーラは首を振り、その仕草を見た青年は頷いた。そして、セーラの座るベッドに腰を下ろすと、テーブルの上に絵本を並べる。彼は、それらを一瞥すると、どれに興味が有るかをセーラに問いた。
 
 すると、セーラは右端に置かれた本を指差し、それを見たシュバルツは少女が選んだ本を手に取る。彼はその本を開くとセーラの目の前に置き、そこに書かれた文章を読み上げていった。セーラは、本に目を落としてシュバルツの声を聞き、それを見たレイラはどこか悲しそうに本を手に取った。彼女は、手に取った本を開くと、それをゆっくり黙読していく。
 
 レイラが本を読み始めてから数分後、看護師が病室へと入ってきた。彼女は、片付けられていないテーブルを見て眉根を寄せるが、姉妹の様子から何も言うことは無かった。看護師は、暫くの間姉妹を眺め、それから放置したままのシーツを敷く。そして、微笑みながらシュバルツの目を見つめると、看護師は無表情で言葉を発した。
 
「シュバルツ? 二人の場所はあっちだから。読み終わったら、何をすべきか分かるわよね?」
 看護師の台詞を聞いた青年は頷き、目線を絵本に落としたまま音読を続ける。青年の態度を見た看護師は不機嫌そうに息を吐くが、熱心に絵本を見つめるセーラを見るなり病室を出た。
 
 本を一冊読み終えると、シュバルツはぬいぐるみごとセーラを抱き上げる。それから、小さな体を上下に揺らしながら移動させ、敷き直されたシーツの上に寝かせた。そして、使い終えた簡易テーブルを片付けると、微笑みながらレイラの方に顔を向ける。彼は、少女が本を読み終えたところで声を掛け、本来のベッドに戻るよう伝える。すると、青年の台詞を聞いたレイラは立ち上がり、ゆっくりと自らのベッドへ戻っていった。
 
 その後、シュバルツはテーブルを片付けると本を纏め、姉妹のベッドへと運んだ。そして、左袖を捲って時間を確認すると、別れの言葉を残して部屋を去る。残された姉妹は顔を見合わせ、小さな声で笑った。そして、姉はシュバルツから渡された本を読み、妹は本に描かれた絵を眺める。そうしているうちに時は過ぎ、姉妹は看護師が部屋に来るまで本を見続けていた。
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登場人物紹介

???
内容の都合上、名無し状態。

顔に火傷の痕があり、基本的に隠している&話し方に難有りでコミュニケーション力は残念め。
姉とは共依存状態。

シスターアンナ
主人公の姉。
ある事情から左足が悪い。
料理は上手いので飢えた子供を餌付け三昧。

トマス神父
年齢不詳の銀髪神父。
何を考えているのか分からない笑みを浮かべつつ教会のあれこれや孤児院のあれこれを仕切る。
優しそうでいて怒ると怖い系の人。

シュバルツ
主人公の緩い先輩。
本名は覚えていないので実質偽名。
見た目は華奢な青年だが、喧嘩するとそれなりに強い。
哀れな子羊を演じられる高遠系青年。

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