黒と白と

文字数 2,049文字

 木に寄りかかる者が居た。その者は黒い衣服を纏い、顔の殆どを同色の布で覆っている。
 黒い布の隙間から覗く目は閉じられており、隠された口元からは規則的な呼吸音が漏れていた。また、腕は胸元で組まれており、その両脚は真っ直ぐ前方に投げ出されている。
 葉の茂った木はその者を日光から守り、細く伸びる木洩れ日はその体を優しく包む。殆ど動くことをしない体には、時おり鳥や蝶が留まっていた。

 睡眠中の者に近付く女性が居た。女性は白い修道服を身に纏い、両手でバスケットを抱えている。
 彼女の長い髪は陽光によって金色に輝き、青い瞳は眠っている者を優しく見つめている。また、その女性は左足を引きずって歩いており、その音で目を冷ましたのか黒衣の者は顔を上げた。
 
「姉さん、か」
 ぶっきらぼうに言うと、黒衣の者は両腕を上方に伸ばした。
「姉さんか……じゃ、ないでしょう? ちゃんとベッドがあるのに、こんなところで寝て」
 そう返すと、女性は木に寄りかかっている者の前へバスケットを差し出す。
 
「神父様も心配しておられました。それに、食事を持っていくようにと」
 彼女の話を聞いた者はバスケットを受け取り、自らの大腿部にそれを乗せた。

「戻るの面倒で」
 どこか投げやりに返すと、起きがけの者はバスケットの蓋を開けた。そして、その中をざっと眺めると、一つ一つの料理を確認していく。バスケットの中には卵や野菜が挟まれたパンが入れられ、飲み物の入った水筒も有った。薄茶色をしたパンは小さく切り揃えられており、微かに香ばしい香りを放っている。
 
「面倒って……ここから寝室は、それ程離れていないでしょう? 今は暖かいから良いけど」
「ねえ、ハムサンド無いの?」
 バスケットを脚に乗せた者は、女性の言葉を遮るように話し出した。対する女性は呆れた様子で溜め息を吐き、対面に居る者の目を真っ直ぐに見つめる。
 
「有りません! もう……要らないなら、持って帰りますよ?」
 彼女の台詞を聞いた者と言えば、慌てて首を振り苦笑する。そして、バスケットの中に手を伸ばすと、直ぐに卵入りのサンドイッチを口に詰め込んだ。

「冗談だよ、冗談。こうやって食べられるだけでも幸せだし」
 言ってパンを飲み込むと、黒衣の者は再度バスケット内に手を伸ばす。一方、女性はどこか悲しそうに黒衣の者を見つめ、口を開いた。
 
「食べる時くらいはベールを取ったら? ここには私しか居ないのだし」
 彼女の話を聞いた者は手の動きを止め、顔を上げた。そして、気まずそうに苦笑すると、黒いベールの端に手を触れる。

「姉さんしか居ない。けど……やっぱり嫌だ」
 そう返すと、黒衣の者はベールから手を離し、野菜が挟まれたサンドイッチを口に押し込む。対する女性はその様子を優しく見つめ、目を細めた。

 その後も黒衣の者は食事を続けていき、女性はその様子を優しく眺めていた。そして、全ての料理を食べ終えた時、黒衣の者はバスケット内に有った水筒を手に取る。

 その水筒は、金属製で細長い円柱の形をしており、蓋を開けると仄かにハーブティーの香りが広がった。黒衣の者はバスケットの中から水筒よりやや長い麦稈を取り出すと、水筒の中に差し込んだ。その後、黒いベールを被った者は水筒から出た麦稈の端をそっと咥え、水筒に注がれた液体を吸い上げる。
 
「おいし」
 ふと漏れた声に女性は嬉しそうな笑みを浮かべ、頬に手を当てて首を傾げた。
「良かった、口に合って。今までと配合を変えて淹れたから不安だったの」
 女性は、そう言うと口元を押さえて微笑した。彼女の対面に居る者はつられて口角を上げ、麦稈の端から口を離す。
 
「心配要らない。姉さんの作ったもの、何時でも美味しい」
 そう返すと、水筒を持った者は目を伏せ、ハーブティーを飲み干した。そして、水筒や麦稈をバスケットへ戻すと、目を伏せたまま息を吐き出す。

「ごちそうさまでした」
 そう言うと、黒衣の者はバスケットの蓋を閉め、手を合わせた。そして、バスケットの上に両手を乗せると、顔を上に向けて大きな欠伸をする。
 
「そうそう、食事が終わったら来るように……と、神父様が」
 白い服を着た女性は、そう言うと両手でバスケットを掴んだ。彼女の話を聞いた者と言えば、バスケットに乗せていた手を離し小さく頷く。
「じゃあ、一緒に行きましょうか」
 女性は、そう伝えるとバスケットを持ち上げ胸に抱える。すると、今まで木に寄りかかっていた者は立ち上がり、バスケットの底に手を触れた。
 
「一緒に行くなら。僕が持つよ」
 そう言ってバスケットを受け取ると、黒衣の者は軽々とそれを肩に乗せる。そして、女性の目を見上げると、無言で彼女の右横に立った。

「では、行きましょうか」
 女性の一言を合図とするように、二人は神父の待つ教会へ向かって歩き始めた。教会へ続く道は生き生きとした草花に囲まれており、それらは暖かな陽光を受けて輝いている。この際、女性は脚を引きずりながら歩いており、その横に立つ者は彼女に歩く速度を合わせていた。
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登場人物紹介

???
内容の都合上、名無し状態。

顔に火傷の痕があり、基本的に隠している&話し方に難有りでコミュニケーション力は残念め。
姉とは共依存状態。

シスターアンナ
主人公の姉。
ある事情から左足が悪い。
料理は上手いので飢えた子供を餌付け三昧。

トマス神父
年齢不詳の銀髪神父。
何を考えているのか分からない笑みを浮かべつつ教会のあれこれや孤児院のあれこれを仕切る。
優しそうでいて怒ると怖い系の人。

シュバルツ
主人公の緩い先輩。
本名は覚えていないので実質偽名。
見た目は華奢な青年だが、喧嘩するとそれなりに強い。
哀れな子羊を演じられる高遠系青年。

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