紫色の甘きもの

文字数 2,745文字

 報告を終えた後、ユーグは焼き菓子を持ったまま歩いていた。しかし、ユーグに菓子を食べる様子は無く、家に続く道を無表情で進んでいる。
 暫く小道を歩いた後、ユーグは黒い生物と出会った場所で立ち止まった。ユーグは、その場所で暫く目を瞑り、微かな音を聞き取ろうとする。
 
 しかし、待てども鳴き声は聞こえてこず、ユーグは残念そうに首を振った。
「だよ、ね」
 ユーグは、呟くなり焼き菓子を口に運び、歩きながら食べ続けた。そして、手に持った菓子が無くなると、寂しそうに掌を見つめて息を吐き出す。

 家の前まで来た時、ユーグは玄関のドアを見つめたまま立ち止まった。そして、ドアノブに手を掛けて開けると、静かに屋内へ入る。屋内に入ったユーグはリビングへ向かい、入り口から一番近い椅子に腰を下ろした。
 
「そうだ、お見舞い」
 そう呟くと、ユーグは椅子に座ったまま天井を見上げる。
「姉さん行ったよね。きっと」
 ユーグは、そう言うなり目を瞑って、息を吐き出した。そして、椅子に浅く座り直すと、腕を前方に伸ばして欠伸をする。
 
 ユーグは伸ばした腕を机の上に置き、薄目を開けてパンの入っている籠を見つめる。それから、大きな呼吸を数回すると、気怠るそうに立ち上がった。立ち上がった者は直ぐに台所へ向かい、調理器具が入れられている棚を覗いた。ユーグは、収納棚の中から金属製の容器を取り出すと、それを持って玄関に向かう。
 
 頭の大きさ程の容器を持ったユーグは玄関から外に出、人通りの少ない方へと進んでいく。そして、木々の中から赤紫色をした小さな果実を見つけると、それらを家から持ち出した容器に集めていった。
 容器一杯に果実が集まった時、ユーグはそれを持って帰路に着いた。家に帰った者は丸い容器をリビングのテーブルに置き、台所を覗く。しかし、そこに誰も居ないことが分かると、ユーグはつまらなそうに椅子へ腰を下ろした。

 椅子へ座った者は、ゆっくりと息を吐き出し、目を瞑る。そして、楽な姿勢に座り直すと、そのまま眠りに落ちてしまった。
 それから数時間が経った時、アンナが家へと戻ってくる。ユーグは、姉が帰って来た音で目を覚まし、アンナはテーブルに置かれた果実を見て笑顔を浮かべた。
 
「あら、ラズベリーを摘んできたの?」
 アンナの問いを聞いたユーグは頷き、その仕草を見た者はそっと容器を持ち上げる。
「じゃあ、ジャムにしましょうか。その方が、生のままより長持ちするし」
「ん」
 ユーグは、一言返答をすると姉の目を見つめた。一方、見つめられた者は首を傾げ、容器に入った果実を一つ摘み上げる。
 
「ねえ、姉さん。お見舞い、どう、だった?」
 ユーグの問いを聞いた者は、摘んだ果実を容器に戻す。そして、口角を上げて微笑むと、質問に対する答えを話し始めた。
「そうね……まだ脅えている部分も有るけど、体は直ぐに治るらしいわ。と、言っても……私はお医者様でも看護師さんでも無いから、断定出来ないのだけれど」
 アンナは、そこまで話した所で目を瞑り、大きく息を吸い込んだ。
 
「病院の食事は味気がないから、甘いジャムを使ったお菓子とか喜ばれるかも」
「本当?」
 嬉しそうなユーグの声を聞いたアンナと言えば、目を開いて小さく頷く。
「ええ。だから、夕食はちょっと待ってね」
 それだけ言い残すと、アンナは台所へ向かって行った。一方、ユーグは台所へ向かう姉の背中を見送ると、満足そうな表情を浮かべる。
 
ユーグがラズベリーを集めた次の日の朝、家にはバターの甘い香りが漂っていた。また、それに混じって果実の甘酸っぱい香りもしており、それに気付いたユーグは台所へ向かって行く。
 すると、台所ではアンナが焼き立てのビスケットにジャムを挟んでおり、それを見たユーグの腹からは低い音が鳴る。その音に気付いた姉は出来上がった菓子の一つを手に取り、微笑みながらユーグの方に顔を向けた。
 
「おはよう、ユーグ。ビスケットの味見、してみる?」
 アンナは、そう言うとユーグの前にジャムの挟まれたビスケットを差し出した。差し出された菓子を見た者はそれを手に取り、ジャムがこぼれないようにしてビスケットを口に運ぶ。
「どう? 甘すぎたりしないかしら?」
 姉の問いを聞いた者は、口の中の食物を味わってから嚥下し、何度か首を横に振った。
 
「大丈夫、美味しい。生地、しっとりしてるし」
 ユーグは、そう返すと残ったビスケットを口に入れた。そして、満足そうな表情を浮かべると、白い平皿に乗せられた菓子に目線を落とす。
 
「良かった。お見舞い用に作ってみたのだけれど、美味しく無かったらがっかりさせてしまうものね」
 アンナは、そう言うと両手を合わせて笑顔を浮かべる。姉の笑顔を見た者も釣られて口角を上げ、目線をアンナに向けて口を開いた。
 
「そうだ、手伝うこと有る?」
 ユーグの台詞を聞いたアンナは棚の上に手を伸ばし、紙で出来た箱を手に取った。彼女は、片手でも持てる大きさの箱をユーグに手渡すと、微笑みながら言葉を発する。
「じゃあ、出来たものを詰めて貰えるかしら? 二人でやった方が早く終わるし」
 アンナの提案にユーグは頷き、それを見た姉は嬉しそうな表情を浮かべる。
 
「じゃあ、お願いね。私はお菓子を作っていくから」
 アンナは、そう言うと作業を再開し、ユーグはビスケットを箱へ詰めていった。その後、ユーグは箱が一杯になった所で手を止め、そっと箱の蓋を閉める。すると、姉も菓子作りを止め、二人は朝食の準備を始めた。
 
 朝食の準備を終えた二人は、揃ってリビングに在る椅子へ腰を下ろした。この時、テーブルの上にはパンの入れられた籠や瓶に入れられたジャムが有り、クリーム色をしたスープも用意されている。ユーグは、その中から赤紫色のジャムを丸いパンに塗ると、頬を赤らめながらそれを食べ始めた。
 
 その後、ユーグはパンとスープを交互に口に運んでいき、一つのパンを食べたところで姉の目を見つめる。
「ねえ、姉さん。そう言えば、今日は、何時なら、一緒に、行ける?」
 ユーグの質問を聞いたアンナは申し訳無さそうに苦笑し、それから口に手を当てて話し始めた。
 
「ごめんね、ユーグ。今日は、暗くなるまで時間は無いの」
 アンナの回答を聞いた者は残念そうに目を伏せ、呟く様に声を漏らす。
「そっか。じゃあ、僕だけで、行って、くる」
 それを聞いたアンナは再び謝罪の言葉を述べ、ユーグは黙々と食事を続けた。そして、食事を終えたところで立ち上がり、甘い菓子の入った箱を持ち上げる。
 
「じゃ。行って、くる」
 ユーグは、そう言うなり歩き始め、玄関の方へ向かって行った。姉は心配そうにユーグを見送り、箱を持った者はその中身を崩さぬようにしながら玄関のドアを開ける。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

???
内容の都合上、名無し状態。

顔に火傷の痕があり、基本的に隠している&話し方に難有りでコミュニケーション力は残念め。
姉とは共依存状態。

シスターアンナ
主人公の姉。
ある事情から左足が悪い。
料理は上手いので飢えた子供を餌付け三昧。

トマス神父
年齢不詳の銀髪神父。
何を考えているのか分からない笑みを浮かべつつ教会のあれこれや孤児院のあれこれを仕切る。
優しそうでいて怒ると怖い系の人。

シュバルツ
主人公の緩い先輩。
本名は覚えていないので実質偽名。
見た目は華奢な青年だが、喧嘩するとそれなりに強い。
哀れな子羊を演じられる高遠系青年。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み