怯えなくて良い場所

文字数 3,375文字

「ねえ、セーラ。ここに居れば安全なのかな? 脅えなくて良いのかな?」
 しかし、妹が言葉を返すことは無く、レイラは不思議そうな表情を浮かべながら言葉を続けた。
「ここなら御飯も食べられるし……怖い人は居ないし」
 レイラはそう言うと息を吸い込み、それからゆっくりと吐き出した。
 
「セーラ? もしかして、寝ちゃった?」
 姉が呼びかけても妹は反応せず、レイラの表情には不安が浮かぶ。レイラは、妹の様子を良く見ようと頭を擡げるが、それだけではセーラの様子ははっきりしなかった。この為、レイラは寂しそうに息を吐き出すと、どこか疲れた様子で天井を見つめる。その後、彼女は目を細めて涙を浮かべ、右腕で目を覆って声を漏らした。
 
 それから数時間後、看護師が消灯の為にやってきた。看護師は、消灯時間だと告げて去ろうとするが、レイラは声を上げてそれを阻止する。
「あの! ちょっとだけ良いですか?」
 レイラの声を聞いた看護師は首を傾げ、少女の横にしゃがみ込んだ。
 
「なあに? もう寝る時間だから、長話になるのは駄目よ?」
 看護師は、そう返すと微笑み、レイラの目を優しく見つめる。彼女の台詞を聞いた少女は頬を赤らめ、目線を右に向けて口を開いた。
 
「セーラのことが心配なんです。私が話し掛けても反応が無くて……いつも、辛くても、喧嘩している時でも、セーラは私の声に応えてくれたのに」
 レイラは、そこまで話したところで口を閉じ、不安そうに看護師の目を見つめた。少女の訴えを聞いた看護師と言えば、微かに目を細めて息を吸い込む。
 
「セーラちゃん……まだ、レイラちゃんに話し掛けられるだけの力が無いのよ。体力的にも弱っているし、お母さんにやられたことで心も疲れているだろうから」
 看護師は目を瞑り、何度かゆっくりとした呼吸を繰り返す。
「でもね、言葉はちゃんと聞こえているの。はっきりと聞こえているかは、まだ分からないけど……お姉ちゃんが話し掛けてくれたら、嬉しいんじゃないかしら?」
 そう伝えると、看護師は目を開いて立ち上がり、微笑みながらレイラの目を見つめた。
 
「だから、弱気にならずに話し掛けてあげて。でも、今日は遅いからもう寝るのよ?」
 看護師は、そう言い残すと病室の明かりを消し、姉妹の居る部屋から立ち去った。一方、暗い病室に残されたレイラは目を瞑り、そのままゆっくりとした呼吸を繰り返す。
 その後、レイラは目を開いて妹の方へ顔を向けるが、消灯された部屋は暗くセーラの姿をはっきりと見ることは出来なかった。この為、レイラは顔を上に向け、静かに眠りに落ちていく。

 夜が明け、レイラが目を覚ますと、病室の窓からは温かな陽光が差し込んでいた。レイラは、開ききっていない目でセーラを見つめ、妹の状態を確認しようとする。しかし、レイラの位置からではセーラが起きているかさえ分からず、姉は静かに溜め息を吐いた。それでも、彼女は看護師に言われた言葉を思い出したのか、セーラを見つめながら口を開く。
 
「お早う、セーラ。って……ごめん、寝てるかな?」
 レイラの声に妹は反応せず、彼女は不安そうな表情を浮かべた。姉は、不安な気持ちを払拭するように目を瞑ると、笑顔を作って言葉を続ける。
「天気、良さそうだね。外に行けたら気持ち良さそう」
 レイラは、そう話したところで細く目を開き、ぼんやりと天井を見上げた。
 
「元気になったら、二人で行こう? 好きな料理を沢山作って」
 そう伝えると、レイラは両手を組み合わせて上方に伸ばす。そして、ゆっくり息を吐き出すと、両手を横に下ろしながら話し始めた。
「そうそう、デザートもたっぷり持って。もう食べられない……って位」
 レイラは右手だけを上げ、その掌を天井へと向ける。
 
「それで、日が暮れたら家に戻って……今度は、温かいご飯を食べるの。でね、眠くなったら二人で寝て」
 姉は、そう言うと目を瞑り、ゆっくり息を吐き出した。そして、レイラは顔を右に向け、妹の様子を確認しようとする。
 
 すると、セーラは姉の方へ顔を向けており、それに気付いたレイラは無意識のうちに目を見開いた。この時、セーラの顔には白い包帯が巻かれており、彼女がどの様な表情をしているは分からなかった。その上、包帯から覗く瞳は虚ろで、口元が微かに動くもののセーラが声を発することは無い。
 
 一方、レイラは妹が反応してくれたことで安心したのか、うっすらと涙を浮かべて目を瞑った。そして、涙を拭ってから目を開くと、セーラを見つめながら口を開く。
「ねえ、もう直ぐ御飯かな? 寝ているだけなのに、なんだかお腹空いちゃった」
 レイラは、そう言うと苦笑し、姉の言葉を聞いたセーラは小さく頷いた。
 
「今日は、何が出るのかな……看護師さんは食べるのも治療のうちって言ったけど、なんだか不思議な感じ」
 そう話すと、姉は微笑みながら両手を握ったり開いたりする。対する妹は大きな反応を見せず、静かにレイラの話を聞いていた。
 
「だって、何だろう? 薬みたいに不味く無いし、今まで」
「おはよう。レイラちゃん、セーラちゃん」
 看護師は、レイラが話しているのを遮って挨拶をし、二人の食事を乗せたカートを押して病室へ入った。
 
「二人共、良く眠れた?」
 そう言いながら、看護師はカートを姉妹のベッドの間に置き、彼女の問いを聞いたレイラは頷いた。すると、それを見た看護師は嬉しそうに笑い、そのままレイラのベッドに簡易テーブルを設置する。
「良かった。慣れない環境だし、暗いと不安で眠れない子も居るから」
 そう話すと、看護師は食事の乗せられたプレートをレイラの前に置く。そのプレートの上には、オートミールの他に果物が沢山入ったヨーグルトやミルクが置かれ、看護師はレイラの上体を優しく起こした。
 
「眠れないとね、治るのが遅くなっちゃうし。そうじゃなくても、身長が伸びにくいのよ?」
 看護師は、そう言うと右手の人差し指を立て、何度か小さく横に振った。彼女の話を聞いたレイラは大きな瞬きを繰り返し、それを見た看護師は言葉を加える。
 
「逆に言えば、良く眠れれば早く治るし、身長も伸びやすいってこと」
 看護師の話を聞いた姉は微かに目を見開き、どこか安心した様子で頬を赤らめる。一方、そんなレイラの様子を見た看護師は妹の方に向き直り、カートに乗せられた容器とスプーンを手に取った。その後、看護師はセーラのベッドに腰を掛けると、スプーンで料理を掬って患者の名を呼ぶ。すると、名を呼ばれたセーラは口を開き、看護師はスプーンをゆっくりと患者の口元に運んだ。
 
「美味しい?」
 看護師がそう問い掛けると、セーラは食物を飲み込み小さく頷いた。それを見た看護師は嬉しそうに微笑し、スプーンを料理の入った容器に入れる。
「良かった。昨日とはちょっと材料が違うから……ああ、でも、どちらも栄養はたっぷりなのよ?」
 そう言うと、看護師はスプーンで料理を掬ってセーラの口へ運ぶ。一方、セーラは口に運ばれた食物を暫く口の中で味わってから嚥下した。この際、レイラは横目で妹を見ながら食事をしており、セーラと合わせるようにして料理を口に運んでいる。そうして二人の食事は進んでいき、看護師は姉妹が食べ終えたところで片付けをして病室を出た。
 
 看護師が立ち去った後、レイラはセーラの方へ顔を向ける。そして、彼女は妹の様子を見つめると、微笑みながら口を開いた。
「ねえ、セーラ。朝御飯も美味しかったね。これなら、お昼も期待出来るかも」
 姉は、そう言うと口元に手を当てる。レイラの話を聞いたセーラは姉の方に顔を向け、微かに口元を動かした。セーラの考えは声となって発せられることは無かったが、姉にはその気持ちが通じたのかレイラは微笑みながら言葉を続ける。
 
「何時になるか分からないけど……また、一緒のテーブルで食べたいね。どんな料理でも良いけど、あったかいのがいいな」
 レイラは、そう言うと目を細め、妹の顔をじっと見つめる。対するセーラは小さく頷き、姉の顔を見つめ返した。その後も、姉の話は続いていき、それは妹が疲れて目を瞑るまで続いた。セーラが眠った後、姉は退屈そうに天井を見上げ、目を細める。しかし、セーラのように眠くはならなかったのか、レイラは天井を見上げたままゆっくりとした呼吸を繰り返した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

???
内容の都合上、名無し状態。

顔に火傷の痕があり、基本的に隠している&話し方に難有りでコミュニケーション力は残念め。
姉とは共依存状態。

シスターアンナ
主人公の姉。
ある事情から左足が悪い。
料理は上手いので飢えた子供を餌付け三昧。

トマス神父
年齢不詳の銀髪神父。
何を考えているのか分からない笑みを浮かべつつ教会のあれこれや孤児院のあれこれを仕切る。
優しそうでいて怒ると怖い系の人。

シュバルツ
主人公の緩い先輩。
本名は覚えていないので実質偽名。
見た目は華奢な青年だが、喧嘩するとそれなりに強い。
哀れな子羊を演じられる高遠系青年。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み