第19話 極彩色の国々1

文字数 1,898文字

 そんなわけで、今まで水夫をしてきた僕の仕事内容は、ここでがらっと変わったんだ。

 今度は商務員助手として、スウェールスさんの身の回りのお世話をしながら、一緒にあちこち出向いて商品を見て回ったり、現地商人との商談をまとめたりする。肉体労働とは違うけど、こっちはこっちで気を遣って大変だった。
 僕とロドルフは、スウェールスさんのカバン持ちとして、代わる代わる旅に同行した。毎回、どっちが指名されるかってドキドキしてたけど、同行させてもらえる回数でいえば、二人にほとんど差はなかった。

 僕は要領が悪くてなかなか物事を覚えられないから、最初のうちは失敗しそうでいつもヒヤヒヤしてたよ。しかもスウェールスさんの口から短い命令が発せられると、雷に打たれたように動かなくちゃならない。もう死に物狂いだよ。
 
 だけど、おかげで収入はちょっと増えた。会社から出される助手の給料は水夫とそう変わらないけど、目に見えない役得はいろいろあるし、何よりスウェールスさんの私貿易を手伝った分け前がある。
 
 僕は各国の貿易港を歩いた。港という所には、共通の姿があった。船の帆柱が海岸線に沿って密林のように並び、その風の中には必ず、金の匂いが混じってる。
 僕は町の活気の度合いを鼻で嗅ぎ分ける。犬になった気分だ。
 だってロドルフよりも実績を上げられるかどうかは、その町でどれだけの金が動くか。そこにかかってるんだ。

 必死に観察してるせいか、目に飛び込んでくる光景も今までとは違ってきたよ。

 スウェールスさんが頻繁に行くのは、マタラム王国にあるスラバヤの町だった。バタヴィアはヨーロッパ風の石造りの町になってるけど、スラバヤは原住民の住居風の茅葺屋根が立ち並んでる。同じジャワ島なのにこうも違うんだな。

 海の水がやけに青くて透明だなあと思ってたら、スラバヤは天然の良港で、港湾にほとんど人の手が入ってないんだって。現地の漁師が釣った魚を自慢げに見せてくるよ。
 
 市場を覗くと、香辛料の刺激的な匂いに圧倒される。バタヴィアにも同じような市場はあるんだけど、より香料諸島に近いからだろうな、取引される量が桁違いだった。宝石と同じ価値と言われるバンダ諸島のナツメグだって、ここでは山盛りだよ。
 
 一日五回、祈りの呼びかけの声が流れてさ、住民は聖地メッカの方角に向かってひざまずくんだ。特徴的な丸屋根の寺院が町のあちこちにあったよ。
 
 そうそう、スーラトでも同じような光景を見たなあ。
 インド亜大陸に、グーラカーニーの帝国がある。そう、ペルシャ語でムガルと呼ばれるあの帝国だよ。スーラトはその北西部にある町だ。

 空気がすごく乾燥してて、いつも砂埃が舞ってるから、あそこに行くなら布で口元を覆うことをおすすめする。
 だけど行く価値はあるよ。頭を布でぐるぐる巻きにしたスーラトの商人たちは結構金持ちで、胡椒を高額で買ってくれるんだ。

 この帝国はイスラームの印象が強いけど、ムスリムは身分の高い人間だけなんだって。庶民の宗教は土着のもので、僕らはそれをヒンドゥーって呼んでる。彼らの作った神殿は、動物とか体をくねらせた神様とかの彫刻でびっしりと飾られてるよ。
 
 それから、同じインド亜大陸の反対側、東の方にあるのは、コロマンデル海岸だ。
 
 ここは交易量が多いから重要な場所でね、オランダの拠点も複数あったけど、スウェールスさんが行くのはプリカットっていう名の古い町だ。オランダはすでに立派な要塞を建ててるんだけど、最近ポルトガルからナーガパッティナムの町を奪って、こっちの方が交通に便利だから首府を移す話も出てるんだって。

 コロマンデルの農村は、水牛の群れが多くてのどかな感じだよ。住民の肌の色は濃い。信じられないほど高い石の塔が建っててさ、壁面はやっぱり色鮮やかな彫刻で見事に飾られてる。タミル人の王は代々、芸術の庇護に熱心なんだってさ。

 それから、ここから海峡をはさんだ対岸にあるのが、セイロン島だ。
 首府のコロンボはにぎやかな町でね。民族も宗教もいろいろだったけど、支配層はシンハラ人。仏教徒だよ。彼らの象徴である金の獅子の旗があちこちで翻ってる。
 
 僕は行った時期が悪かったのかもしれないけど、セイロン島はちょっと怖かったよ。
 問題は内陸のキャンディー王国だ。彼らはかつてオランダの武力を利用してポルトガルを追い出したそうなんだけど、オランダがいつまでも城塞を返さないもんだから、それを恨んでときどき襲撃してくるんだって。
 確かに城壁の一部が壊れてたし、危険だから夜間の一人歩きはしないようにって、僕も現地の駐在員から注意されたよ。

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