第28話 伊万里の人形
文字数 1,780文字
遠くから不思議な笛の音が響いてきた。何かが始まるっていう予感がした。
みんな興奮してきて、争うように二階の露台 に駆け上がったよ。
橋を渡って近づいてくるその行列。傘の赤い色が目立つこともあって、すぐに視界に飛び込んできた。
思った以上にものものしい感じだった。他の奴らが見飽きて部屋に戻った後も、僕だけ目を離せなくて、一人固唾を呑んで見守ってたよ。
日本の娼婦たちはすごく重たそうに着飾り、仰々しく気取った歩き方をして広間に入ってきた。子分の少女を従えた女までいたよ。
だけどいざ彼女たちを間近で見た時、僕はぎょっとした。
その、真っ白に塗りたくった顔は何なんだ? 頭髪にぐさぐさと突き刺したその棒みたいなのは何なんだ?
こっちは密林の奥で未開の部族にでも出会っちゃったような気分だってのに、日本人はなぜか自信満々だった。どうだお前ら、これで性欲をかき立てられるだろうってね。
僕の前に引き出されてきたのは、貧相な感じがするほど痩せて小柄な娘だった。何枚も着物を重ねてるけど、その重みに耐えかねて今にも倒れるんじゃないかって思うほどだ。
十代半ばかなあ? 今自分が置かれてる状況を受け入れられないのか、小刻みに震えて、小動物を思わせるつぶらな瞳にはうっすらと涙が光ってる。
突然、僕ははっとした。
カタリーナ?
いや、そんなはずはない、と僕は目をそらした。
全然似てないじゃないか。どうしてそう思ったんだろう。
「どうもどうも。お兄さんは素人がお好みだそうで」
娼館の主人という男が揉み手をして僕に頭を下げてきた。
「おあつらえの娘を連れて参りました。つい先日、この稼業に入ったばかりでございます。ミカワと申します」
主人は一通りのオランダ語が話せるらしく、得意げに説明してくれた。自分の店では女に日本各地の地名を名乗らせているが、これは外国人が自由に国内を旅行できないため、せめて女で旅行気分を味わってくれ、という趣旨なんだと。ミカワとはこの国の王家の発祥の地で、聖地のような所なんだと。
僕がむすっと黙っていたら、ケースケが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「三河はお気に召しませぬか? 別の女に交換なさいますか?」
「いやいや、そういう問題じゃないだろ」
僕は頭を掻いた。だってこの子、無理やり奇抜な化粧をさせられてさ、地方の特産品のように売られてさ。まさに奴隷じゃないか。甲板で鞭打たれる水夫と同じじゃないか。
「これじゃ、この子が可哀想だ。何とかならないのか?」
「何とか、とおっしゃいましても」
ケースケは首を傾け、僕の矛盾を突くような目で見つめてきた。
「この稼業につく女たちには、それぞれ抜き差しならぬ事情がございます。もしこの娘をあわれと思し召しなら、むしろ買ってやっては頂けませんか? それが、本人の救いになります」
やれやれ。僕はケースケにも偽善的な匂いを感じるよ。自分は汚れ仕事をしなくて済むご身分だもんな。金で売られる人間の痛みなんて分からないんだろ。
どこの国でも同じさ。そこら中に転がってる闇の存在を、恵まれた人間はただ無視するんだ。
でもふと少女の方に目を移したら、黒目がちの目は意外と愛らしくて、まるで伊万里の人形みたいだった。
そうそう、さっき日本人がいくつかの商品の見本を持ってきたんだけど、その中に磁器の人形があったんだよね。この子とそっくりだ。
驚くなかれ、この国では人形よりも生身の女に付けられる値段の方が安いんだぜ? この子だってその程度の価値しか認められていないってことなんだろ。
「……しょうがない。この子を置いていけよ」
僕はため息まじりに答えた。正直なところ性欲の湧く相手じゃないけど、一回ぐらいなら金を出してやってもいいかなって。
僕が受け入れると知った途端、日本人一同はほっとした様子で立ち去った。
だけど一人ぼっちになった少女の方は、安心とはほど遠い様子だった。こらえきれなくなった涙がぽろぽろと化粧を崩しながら流れ落ちて、もうひどい姿になってたよ。
「大丈夫。何もしやしないよ、おいで」
僕は彼女の二の腕にちょっと触れた。
でも逆効果だったらしい。彼女はびくっと全身を震わせ、今度こそ悪魔に取って食われるとばかりに怯えた表情になった。
困ったなあ。頼みのケースケはいなくなっちゃったし、僕どうすればいいんだろう?
みんな興奮してきて、争うように二階の
橋を渡って近づいてくるその行列。傘の赤い色が目立つこともあって、すぐに視界に飛び込んできた。
思った以上にものものしい感じだった。他の奴らが見飽きて部屋に戻った後も、僕だけ目を離せなくて、一人固唾を呑んで見守ってたよ。
日本の娼婦たちはすごく重たそうに着飾り、仰々しく気取った歩き方をして広間に入ってきた。子分の少女を従えた女までいたよ。
だけどいざ彼女たちを間近で見た時、僕はぎょっとした。
その、真っ白に塗りたくった顔は何なんだ? 頭髪にぐさぐさと突き刺したその棒みたいなのは何なんだ?
こっちは密林の奥で未開の部族にでも出会っちゃったような気分だってのに、日本人はなぜか自信満々だった。どうだお前ら、これで性欲をかき立てられるだろうってね。
僕の前に引き出されてきたのは、貧相な感じがするほど痩せて小柄な娘だった。何枚も着物を重ねてるけど、その重みに耐えかねて今にも倒れるんじゃないかって思うほどだ。
十代半ばかなあ? 今自分が置かれてる状況を受け入れられないのか、小刻みに震えて、小動物を思わせるつぶらな瞳にはうっすらと涙が光ってる。
突然、僕ははっとした。
カタリーナ?
いや、そんなはずはない、と僕は目をそらした。
全然似てないじゃないか。どうしてそう思ったんだろう。
「どうもどうも。お兄さんは素人がお好みだそうで」
娼館の主人という男が揉み手をして僕に頭を下げてきた。
「おあつらえの娘を連れて参りました。つい先日、この稼業に入ったばかりでございます。ミカワと申します」
主人は一通りのオランダ語が話せるらしく、得意げに説明してくれた。自分の店では女に日本各地の地名を名乗らせているが、これは外国人が自由に国内を旅行できないため、せめて女で旅行気分を味わってくれ、という趣旨なんだと。ミカワとはこの国の王家の発祥の地で、聖地のような所なんだと。
僕がむすっと黙っていたら、ケースケが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「三河はお気に召しませぬか? 別の女に交換なさいますか?」
「いやいや、そういう問題じゃないだろ」
僕は頭を掻いた。だってこの子、無理やり奇抜な化粧をさせられてさ、地方の特産品のように売られてさ。まさに奴隷じゃないか。甲板で鞭打たれる水夫と同じじゃないか。
「これじゃ、この子が可哀想だ。何とかならないのか?」
「何とか、とおっしゃいましても」
ケースケは首を傾け、僕の矛盾を突くような目で見つめてきた。
「この稼業につく女たちには、それぞれ抜き差しならぬ事情がございます。もしこの娘をあわれと思し召しなら、むしろ買ってやっては頂けませんか? それが、本人の救いになります」
やれやれ。僕はケースケにも偽善的な匂いを感じるよ。自分は汚れ仕事をしなくて済むご身分だもんな。金で売られる人間の痛みなんて分からないんだろ。
どこの国でも同じさ。そこら中に転がってる闇の存在を、恵まれた人間はただ無視するんだ。
でもふと少女の方に目を移したら、黒目がちの目は意外と愛らしくて、まるで伊万里の人形みたいだった。
そうそう、さっき日本人がいくつかの商品の見本を持ってきたんだけど、その中に磁器の人形があったんだよね。この子とそっくりだ。
驚くなかれ、この国では人形よりも生身の女に付けられる値段の方が安いんだぜ? この子だってその程度の価値しか認められていないってことなんだろ。
「……しょうがない。この子を置いていけよ」
僕はため息まじりに答えた。正直なところ性欲の湧く相手じゃないけど、一回ぐらいなら金を出してやってもいいかなって。
僕が受け入れると知った途端、日本人一同はほっとした様子で立ち去った。
だけど一人ぼっちになった少女の方は、安心とはほど遠い様子だった。こらえきれなくなった涙がぽろぽろと化粧を崩しながら流れ落ちて、もうひどい姿になってたよ。
「大丈夫。何もしやしないよ、おいで」
僕は彼女の二の腕にちょっと触れた。
でも逆効果だったらしい。彼女はびくっと全身を震わせ、今度こそ悪魔に取って食われるとばかりに怯えた表情になった。
困ったなあ。頼みのケースケはいなくなっちゃったし、僕どうすればいいんだろう?