第18話 再会と競争

文字数 1,812文字

「ウィレムじゃないか! 元気だったか? 何年ぶりだろうな」
 自席から立ち上がって手を差し伸べてくるのは、確かにあのロドルフだった。
 だけど見違えるようないい服を着てるし、立ち居振る舞いもびしっとしてるから、すぐには誰だかわからないほどだったよ。

 僕は彫像のごとくその場に固まってたんだけど、スウェールスさんは上機嫌だった。
「おやおや、何だね君たち、知り合いか」
「はい。僕たち、一緒の船でインドに来たんです」
 ロドルフは溌剌と答えてるけど、その横顔を見て僕は唖然とした。
 おいおい、何だよお前。同じおんぼろ水夫だったのに、何でお前は生まれながらの貴公子みたいな顔してんだよ!

 ロドルフも僕に向き直ったけど、同時にその視線は僕の服の破れ目と、そこから覗く入墨に注がれる。こっちは別に今さら隠そうとも思わないけど、スウェールスさんの前だもんな。やっぱり決まりが悪く、もじもじとせずにはいられなかったよ。

 だけどロドルフの方は元々の出来が違う。すぐに陰りを打ち消し、爽やかな笑顔を作る才気は健在のようだった。で、とりあえずは握手。
「歓迎するよ、ウィレム。君が来てくれてうれしいよ」
 はいはい、ああそうですかって、僕は苦笑いするのがやっとだったよ。

 そんなわけで、翌日から僕もこのお屋敷に出入りするようになった。
 こっそり聞いてみたら、他の奴らも成り上がり者ばっかりだったよ。前の職務はほとんど水夫か兵士、あとは調理師見習いとか裁縫師見習いとかだって。
 なーんだって感じだよね。ビビッて損したぜ。

 でもそうやってみんなを質問攻めにしてたら、先輩の一人からきつく釘を刺されたよ。
「おい、新入り。過去のことはお互いに聞かないのが、暗黙の了解だ」
 その人はかなり怒ってたし、他のみんなの声を代弁してるのも分かったから、僕は素直にうなずいておいた。はいはい。了解。だいたい分かったから、もう聞きませんよ。

 だけどスウェールスさんという人はやっぱりすごかった。桁違いだった。
 知識や教養をひけらかすようなことは絶対にしないのに、やっぱり育ちが違うんだな。この人は何かが違う、何かが内側から滲み出てるって感じさせるんだ。紳士の品格、なんて僕はよく知らないけど、たぶんこういうのを指すんだろうな。

 実はレへントも、みんながみんな「結構なご身分」ってわけじゃないらしいよ。本国で安穏としていられないから、こうして植民地に活路を求めて来てる。
 そういう意味じゃ、みんな同じだよね。誰もがインドの海で一攫千金、富豪になって帰国したいんだ。

 僕もスウェールスさんのようになりたいと思う。
 そう、本物のオランダ紳士になりたいと思う。ロドルフはちょっと先を行ってるけど、僕だって本気を出せば結構行けるんじゃないだろうか。

 だけど、オランダ紳士は優雅に搾取する。

 スウェールスさん、下の者に対する厳しい態度は徹底してたよ。食べ物をちょろまかした奴隷なんかは一度で追放さ。
「あいつらに甘い顔をして、舐められたら取り返しがつかない。君も心したまえ」
 そういうスウェールスさんの一面を見たとき、僕はちょっとだけ、胸に痛みを覚えた。その奴隷は本当にお腹が空いて、どうしても我慢できなかったんだろうって想像できたから。そしてスウェールスさんご自身は、そういう惨めな思いをしたことがないだろうから。

 でもそうなんだ、と僕は思う。あのぐらい厳しくならなくちゃいけないんだ。
 僕は自分に言い聞かせる。
 一定程度は冷血漢になれなくちゃ、植民地経営なんてできるもんじゃない。世の中には搾取する側の人間と、される側の人間とがいて、その辺の線引きはしっかりしなくちゃならないんだ。中途半端に優しいのは一番ダメなんだ。

 ロドルフはそのあたり、実にきれいに割り切れる男だった。スウェールスさんと同様、上をしっかり見て下にはきつく当たってる。僕は何となく、そういう場面を見聞きするたび、息が詰まりそうだった。自分が追い詰められてるような気がしたから。

 だけど気後れしてる場合じゃないよね。負けたくないなら、僕も頑張らなくちゃ。

 そんなわけで、ここから僕とロドルフのすさまじい競争が始まったんだ。
 どっちが一歩でもスウェールスさんに近づけるか。事務能力でも語学でも、まさに戦いだ。

 スウェールスさんは僕らを競わせておいて、あくまで我関せずといった態度。まさにどこまでも優雅で冷酷な紳士だったよ。

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