第11話 船の生活
文字数 2,007文字
何だか大変なことになってきた。
もともと通風が悪いせいもあるけど、船内に異様な臭いが立ち込めてきたんだ。
人数が増えた上に、みんな風呂に入れないだろ? とにかく不潔なんだよ。
近くの奴がボリボリ体を掻き始めたと思ったら、すぐに僕も同じ状態になった。たぶんシラミだろう。
だいたい吊床が不潔なんだよね。四人が交代で使うから、常に誰かが寝ていて、滅多に洗濯もできない。
たまの休日にみんなで洗うことはあるが、真水は貴重だから海水で洗う。すると塩が含まれてるから、なかなか乾かないときてる。じめじめと湿った寝床の、不快なことったらないよ。
便所もひどいもんだ。
舳先にある下級船員の便所は、皮肉を込めて「くつろぎの椅子」って呼ばれてる。吹きさらしの場所にあるから、縄にしっかり捕まっていないと、強風や波にさらわれちゃうんだ。
水夫と兵士は数百人もいるのに、便座はたったの六つ。長い行列を作って順番待ちするんだけど、間に合わない奴のために専用の桶があってさ。それで廊下やなんかで用を足すんだ。もう恥ずかしいとか何とか、言ってられないよ。
ちなみに桶の中身を海に捨てる時は、風向きに要注意だ。下手をすりゃ、自分がもろにかぶっちゃうからね。
まったく悪天候時には排泄も命がけだよ。
それにしてもこの船、本当に大西洋を南下してるらしい。
何だか暑くなってきたし、昼間の陽射しが強烈になってきた。日焼けで肌がひりひりするよ。
水が飲めなくなってきた。
真水の入った桶を覗くと、藻が生えたのか緑色のどろどろした液体しか入ってないんだ。こうなったら味が変わっててもいい、酒の方がましだと思った。
うちの班もさ、みんな喉の乾きに耐えきれなくなって、ついに覚悟を決めたよ。
「しょうがない。酒を盗んで来よう」
だけど誰もが同じことを考えるもんだよな。思い切って酒樽を覗いたら、とっくに空っぽだった。僕たちは完全に競争に乗り遅れてたんだ。
思い知らされたよ。そうやって抜け目なく、ある意味ずる賢くやっていかないと生き残れないんだって。
そんな目で周囲を見るようになったら、目立たず、うまく自分の身を守ってる奴らが一定数いることに気づき始めた。
で、あのロドルフは必ずそこに入ってる。
ふうん、と僕は急に冷めた気分になった。あいつ意外と小賢しいんだな。尊敬なんかして損しちゃったぜ。
だけどそうであればこそ、みんなは彼を頼もしいと感じ、その知恵について行きたいと思うのかもしれない。だったら、僕もああいう風にならなくちゃいけないのかもしれない。とにかく厳しい競争を勝ち抜くには、ロドルフのようになるのが一番近道だという気がしたんだ。
やがて僕たちには水に加えて、食べ物の問題も浮上してきた。
廊下の専用棚に立てかけられたチーズが悪臭を放ち、塩漬けの肉もバターも味がおかしくなってる。支給されるブロート(硬いパン)もカビだらけだ。
もちろんこうなることは、出航前に聞いてたよ。だからみんな、わざわざ借金を増やしてでも自前で保存用ブロートを買い込んできたわけだ。
しかし、だよ。いざそのブロートを取り出してみたらさ、船に潜り込んだネズミかゾウ虫、ウジ虫のいずれかに食い荒されてるんだ。
ネズミは人間の気配がすれば逃げるけど、虫は一匹ずつ指でつまんで取り除いていくしかない。運が悪けりゃ、一緒に食べちゃうよ。
で、僕はこっそりロドルフたちのやり方を見て、それを盗んだ。それは彼の発案というより、船乗りの間で伝統的なやり方だったようだ。
まず、ブロートの入った麻袋があるだろ? その上に海から釣った魚を乗せておく。そうすると魚の生臭さに惹かれて蛆虫がブロートを離れ、魚に食らいつくんだ。
魚が蛆虫だらけになったら、その魚は一旦捨て、新しい魚に取り替える。これを何度か繰り返すんだ。
確かにこれが一番確実な方法だったよ。
だけど正直、ブロートから虫の姿が消える頃には、もう口に入れる気力がなくなっちゃった。臭いもきついし、虫が這いずり回った跡を見るだけで吐き気がするんだ。
でも食べなきゃ身体が持たない。途方に暮れ、どうしようと言い合ってたその時、またロドルフたちのやり方が見えたんだ。
調理場では塩漬け肉を焼いた後、鍋に残った黄色い油を司厨長がこっそり売ってる。彼らはそれを買ってきて、ブロートにかけてるんだよ。
他人がやってるのを見る分には、すごくおいしそうに見えた。あれいいよなって、仲間内で言い合ったよ。
だけど実際に真似てみたら、まあまあ、という程度だった。
「確かに、これなら何とか飲み込めるな。うまいというほどじゃないけど」
班のみんなはそう感想を述べたし、僕もほぼ同感だった。
しかし船乗りの首の襟巻が何で汚れてるのか、やっとわかったよ。こうやって手についた油を拭きとっていけば、ほら、僕のだって、あっという間に真っ黒だ。
もともと通風が悪いせいもあるけど、船内に異様な臭いが立ち込めてきたんだ。
人数が増えた上に、みんな風呂に入れないだろ? とにかく不潔なんだよ。
近くの奴がボリボリ体を掻き始めたと思ったら、すぐに僕も同じ状態になった。たぶんシラミだろう。
だいたい吊床が不潔なんだよね。四人が交代で使うから、常に誰かが寝ていて、滅多に洗濯もできない。
たまの休日にみんなで洗うことはあるが、真水は貴重だから海水で洗う。すると塩が含まれてるから、なかなか乾かないときてる。じめじめと湿った寝床の、不快なことったらないよ。
便所もひどいもんだ。
舳先にある下級船員の便所は、皮肉を込めて「くつろぎの椅子」って呼ばれてる。吹きさらしの場所にあるから、縄にしっかり捕まっていないと、強風や波にさらわれちゃうんだ。
水夫と兵士は数百人もいるのに、便座はたったの六つ。長い行列を作って順番待ちするんだけど、間に合わない奴のために専用の桶があってさ。それで廊下やなんかで用を足すんだ。もう恥ずかしいとか何とか、言ってられないよ。
ちなみに桶の中身を海に捨てる時は、風向きに要注意だ。下手をすりゃ、自分がもろにかぶっちゃうからね。
まったく悪天候時には排泄も命がけだよ。
それにしてもこの船、本当に大西洋を南下してるらしい。
何だか暑くなってきたし、昼間の陽射しが強烈になってきた。日焼けで肌がひりひりするよ。
水が飲めなくなってきた。
真水の入った桶を覗くと、藻が生えたのか緑色のどろどろした液体しか入ってないんだ。こうなったら味が変わっててもいい、酒の方がましだと思った。
うちの班もさ、みんな喉の乾きに耐えきれなくなって、ついに覚悟を決めたよ。
「しょうがない。酒を盗んで来よう」
だけど誰もが同じことを考えるもんだよな。思い切って酒樽を覗いたら、とっくに空っぽだった。僕たちは完全に競争に乗り遅れてたんだ。
思い知らされたよ。そうやって抜け目なく、ある意味ずる賢くやっていかないと生き残れないんだって。
そんな目で周囲を見るようになったら、目立たず、うまく自分の身を守ってる奴らが一定数いることに気づき始めた。
で、あのロドルフは必ずそこに入ってる。
ふうん、と僕は急に冷めた気分になった。あいつ意外と小賢しいんだな。尊敬なんかして損しちゃったぜ。
だけどそうであればこそ、みんなは彼を頼もしいと感じ、その知恵について行きたいと思うのかもしれない。だったら、僕もああいう風にならなくちゃいけないのかもしれない。とにかく厳しい競争を勝ち抜くには、ロドルフのようになるのが一番近道だという気がしたんだ。
やがて僕たちには水に加えて、食べ物の問題も浮上してきた。
廊下の専用棚に立てかけられたチーズが悪臭を放ち、塩漬けの肉もバターも味がおかしくなってる。支給されるブロート(硬いパン)もカビだらけだ。
もちろんこうなることは、出航前に聞いてたよ。だからみんな、わざわざ借金を増やしてでも自前で保存用ブロートを買い込んできたわけだ。
しかし、だよ。いざそのブロートを取り出してみたらさ、船に潜り込んだネズミかゾウ虫、ウジ虫のいずれかに食い荒されてるんだ。
ネズミは人間の気配がすれば逃げるけど、虫は一匹ずつ指でつまんで取り除いていくしかない。運が悪けりゃ、一緒に食べちゃうよ。
で、僕はこっそりロドルフたちのやり方を見て、それを盗んだ。それは彼の発案というより、船乗りの間で伝統的なやり方だったようだ。
まず、ブロートの入った麻袋があるだろ? その上に海から釣った魚を乗せておく。そうすると魚の生臭さに惹かれて蛆虫がブロートを離れ、魚に食らいつくんだ。
魚が蛆虫だらけになったら、その魚は一旦捨て、新しい魚に取り替える。これを何度か繰り返すんだ。
確かにこれが一番確実な方法だったよ。
だけど正直、ブロートから虫の姿が消える頃には、もう口に入れる気力がなくなっちゃった。臭いもきついし、虫が這いずり回った跡を見るだけで吐き気がするんだ。
でも食べなきゃ身体が持たない。途方に暮れ、どうしようと言い合ってたその時、またロドルフたちのやり方が見えたんだ。
調理場では塩漬け肉を焼いた後、鍋に残った黄色い油を司厨長がこっそり売ってる。彼らはそれを買ってきて、ブロートにかけてるんだよ。
他人がやってるのを見る分には、すごくおいしそうに見えた。あれいいよなって、仲間内で言い合ったよ。
だけど実際に真似てみたら、まあまあ、という程度だった。
「確かに、これなら何とか飲み込めるな。うまいというほどじゃないけど」
班のみんなはそう感想を述べたし、僕もほぼ同感だった。
しかし船乗りの首の襟巻が何で汚れてるのか、やっとわかったよ。こうやって手についた油を拭きとっていけば、ほら、僕のだって、あっという間に真っ黒だ。