第29話 ワルス
文字数 1,444文字
立ち上がって見回すと、他の商館員は早くもあてがわれた日本の女と腕を絡ませ合って、続々と部屋へ引き上げてた。確かにこの状況じゃ、怖がるのも無理はないかもな。
一方で部屋の片隅では、ジャワ人奴隷の楽隊がまだ宴会気分の陽気な曲を演奏してる。
そっちに向かって、僕は片手で合図をした。
「ワルス!」
弦楽器の男が心得たようにうなずいて、すぐに優雅な曲調に変えてくれた。
僕は彼女の手を取って自分の胸に当て、もう片方の手を握った。すっかり忘れてた。昔、カタリーナとこうして踊ったんだっけ。
あの時は夢のようだった。世の無情を知らなかった当時の僕は、永遠に幸せが続くと思っていたんだ。
僕は身振り手振りで、足の運びを彼女に伝えた。
「1……2……3。そう。そこで両足を揃える。もう一度、1……2……3」
彼女はまだ怯えきって混乱してたけど、僕はもう一度やってみせた。言葉が通じなくても、手はつなぐことができる。そこから体温が伝わるだろう。
「ほら、1……2……3。もう一度。1……2……3」
繰り返しているうち、彼女の怯えの色は次第に弱くなっていったけど、まだ何をしてるのか分かんないんだろうな。きょとんとした顔をして僕を見上げてきたよ。
でも僕が出す指示に、彼女は一切逆らわなかった。だから足の動かし方を覚えるまで、そんなに時間はかからなかった。
そのうち、彼女にも一応はそうやって楽しむもんだってことが分かってきたんだろう。だんだん二人で動きを合わせて回れるようになってきた。
僕は頭の上を指し示した。音楽をよく聞くようにって言ったつもりだ。まさか通じるとは思わなかったけど、言うだけ言ってみてもいいかなってね。
そしたらさ、通じたんだ。ミカワはちゃんと理解したんだよ。こくこくとうなずいて、視線が定まって、そこからしっかり音楽に合わせて体が動くようになっていった。
だけど、まともにやってたのはわずかな間だった。
せっかく踊れるようになったのに、ミカワは急に吹き出して勝手に中断し、僕の胸に飛び込んできたんだ。そして長い間、背中を震わせてたよ。
おかしくておかしくて、笑いが止まらないようだった。何がおかしいのか分からないけど、そのままにしてやったよ。悲しくて泣かれるよりはよっぽどいいや。
彼女はやがて静かになり、顔を上げた。
その時のことだ。僕が黒々とした瞳に吸い込まれそうになったのは。
なぜだって心の中で叫んだ。この子は嵐の時の、あの真っ黒で恐ろしい海を知るわけがないんだ。なのに、その目の奥にはすでに僕の一部を持ってる。
そういえばカタリーナの時もこうだった。彼女の場合は灰色がかった緑色の瞳だったけど、僕はそこにはるか遠い世界を見た。果てしない大地の鼓動を聞いた。これから途方もない旅が始まることを、この時に予感したような気がする。
ミカワと向き合った時、僕はすでに新しい予感を得ていた。今後、海で大時化に遭うたびに僕はこの黒い瞳を思い出すだろう。沈没する船の中で溺れるそのとき、この娘に救いを求めるだろう。
海底から突き上げる渦のようなものが、僕の体の中でも起こってた。抗いようもない、大自然の脅威が僕を呑み込んでいく。
ミカワはやがて自分から腕を伸ばし、僕の首にかじりついてきた。僕の全身が人魚の腕に囚われ、海の底まで引きずり込まれていく。
だから運命に身を委ねるしかなかった。気づけば僕は壊れそうなほど強く彼女を抱き締め、狂ったように、揉み合うように、唇を重ねていたんだ。
一方で部屋の片隅では、ジャワ人奴隷の楽隊がまだ宴会気分の陽気な曲を演奏してる。
そっちに向かって、僕は片手で合図をした。
「ワルス!」
弦楽器の男が心得たようにうなずいて、すぐに優雅な曲調に変えてくれた。
僕は彼女の手を取って自分の胸に当て、もう片方の手を握った。すっかり忘れてた。昔、カタリーナとこうして踊ったんだっけ。
あの時は夢のようだった。世の無情を知らなかった当時の僕は、永遠に幸せが続くと思っていたんだ。
僕は身振り手振りで、足の運びを彼女に伝えた。
「1……2……3。そう。そこで両足を揃える。もう一度、1……2……3」
彼女はまだ怯えきって混乱してたけど、僕はもう一度やってみせた。言葉が通じなくても、手はつなぐことができる。そこから体温が伝わるだろう。
「ほら、1……2……3。もう一度。1……2……3」
繰り返しているうち、彼女の怯えの色は次第に弱くなっていったけど、まだ何をしてるのか分かんないんだろうな。きょとんとした顔をして僕を見上げてきたよ。
でも僕が出す指示に、彼女は一切逆らわなかった。だから足の動かし方を覚えるまで、そんなに時間はかからなかった。
そのうち、彼女にも一応はそうやって楽しむもんだってことが分かってきたんだろう。だんだん二人で動きを合わせて回れるようになってきた。
僕は頭の上を指し示した。音楽をよく聞くようにって言ったつもりだ。まさか通じるとは思わなかったけど、言うだけ言ってみてもいいかなってね。
そしたらさ、通じたんだ。ミカワはちゃんと理解したんだよ。こくこくとうなずいて、視線が定まって、そこからしっかり音楽に合わせて体が動くようになっていった。
だけど、まともにやってたのはわずかな間だった。
せっかく踊れるようになったのに、ミカワは急に吹き出して勝手に中断し、僕の胸に飛び込んできたんだ。そして長い間、背中を震わせてたよ。
おかしくておかしくて、笑いが止まらないようだった。何がおかしいのか分からないけど、そのままにしてやったよ。悲しくて泣かれるよりはよっぽどいいや。
彼女はやがて静かになり、顔を上げた。
その時のことだ。僕が黒々とした瞳に吸い込まれそうになったのは。
なぜだって心の中で叫んだ。この子は嵐の時の、あの真っ黒で恐ろしい海を知るわけがないんだ。なのに、その目の奥にはすでに僕の一部を持ってる。
そういえばカタリーナの時もこうだった。彼女の場合は灰色がかった緑色の瞳だったけど、僕はそこにはるか遠い世界を見た。果てしない大地の鼓動を聞いた。これから途方もない旅が始まることを、この時に予感したような気がする。
ミカワと向き合った時、僕はすでに新しい予感を得ていた。今後、海で大時化に遭うたびに僕はこの黒い瞳を思い出すだろう。沈没する船の中で溺れるそのとき、この娘に救いを求めるだろう。
海底から突き上げる渦のようなものが、僕の体の中でも起こってた。抗いようもない、大自然の脅威が僕を呑み込んでいく。
ミカワはやがて自分から腕を伸ばし、僕の首にかじりついてきた。僕の全身が人魚の腕に囚われ、海の底まで引きずり込まれていく。
だから運命に身を委ねるしかなかった。気づけば僕は壊れそうなほど強く彼女を抱き締め、狂ったように、揉み合うように、唇を重ねていたんだ。