第26話 さらに買って下さい

文字数 1,275文字

 要するに、オランダは伊万里に対して消極的にならざるを得ないんだ。僕は言葉を選びつつ、そんな事情をケースケに説明してやったよ。
「ちゃんと儲けさせてくれるなら買うけどさ、まあそんなわけだ。現状じゃ無理だな」

「本当に、利益は出せないんでしょうか?」
 これだけ言っても、ケースケはどこか腑に落ちないみたいだった。
「噂で聞いたんですが、遠い欧州の国々には伊万里を名指しで買う人々もいるそうじゃありませんか。品質にこだわって選べば、話は違ってくるのではありませんか?」

 結構強気で、ケースケは食って掛かってくる。遠回しに、我々が手間を惜しんでいると言いたいようだった。
「どうせ売れない、などという決めつけは短絡的ですし、もしジャガタラの方から直ちに伊万里を切り捨てよと言われているなら、オランダ人の皆さんも頑固だと言わざるを得ませんね」

「おいおい、何言ってんだ」
 僕には頑固という言葉が引っかかった。ケースケの顔をびしっと指さしてやるよ。
「頑固なのは日本人の方だろ? ホフの役人たちを見ろよ。頭でっかちの、融通の利かない奴らばっかりじゃん」

「確かに。そこは同意します」
 ケースケは大真面目にうなずきつつ、目の前にある僕の手を振り払う。
「実をいうと、長崎の人間もご公儀との折衝には常々頭を悩ませているんです。交易が途絶えると、長崎という町はやっていけませんのでね」
「だったら、もうちょっと自由に商売させてくれよ。長崎奉行の裁量で何とでもなるだろ」
「お奉行様は江戸のお方ですし、立場というものがありますから、板挟みなんですよ」
 ううむ、と僕は顎をさすった。そいつは海禁の国ならではの問題だな。

 だけど日本人の方も、オランダ人に我慢ばかりさせてはまずいってことになってるみたいだ。その夜、さっそく役人たち主催の接待があった。毎年恒例のもので、一緒に楽しく食事をしながら、交易のことについてもちょっと話し合う。僕ら下っ端にはそんなに発言の機会もないわけだけど、大事なことはスウェールスさんが言ってくれるはずだ。

 オランダ側は、両国の友好のためと称して肉を提供したらしい。なかなか豪勢な食事が出てきたもんだから、一同からほう〜って声が上がったよ。
 
 僕は今まで長崎に来ることがあっても、ほとんど上陸せずに船で寝起きしてた。駐在員ともなるとこんなに待遇が違うんだなって感動して、しみじみと美味い料理を堪能したよ。
 
 だけど食事が一段落した途端、おかしなことになった。日本側の代表がこんなことを言い出したんだ。
「この後は、女をご用意致しますので、ご要望があれば何なりとお申し付け下さい。はるばる遠い国からいらっしゃったのですから、どうぞご遠慮なさらず」
 
 他の商館員はだいたい分かってたんだろうな、数人はニヤリと笑ったよ。だけど僕を含めて日本駐在が初めての者は、絶句して顔を見合わせた。
 
 だって女遊びってやつはさ、港町で上官の目を盗んで、あるいは目こぼししてもらってするもんだろ? だいたいチナでは絶対に許されなかった。積極的に提供するなんて、日本人は何を考えているんだ?

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