第21話 VOC字文の皿1

文字数 1,203文字

「植民地で砂糖、茶葉、コーヒーなどの農場を作ろうという話が一部で出てきているが……」
 スウェールスさんが、どっかりと背もたれに身を預けて語ってる。
「密林を切り開いて農場を作るのは並大抵のことではない。実現するにしても、まだまだ先のことになるだろう」

 スラバヤからバタヴィアへ戻る途中の、スウェールスさんの船室だ。

 僕とロドルフだけが呼ばれてここにいる。二人とも助手になって数年が経過しているし、そろそろ先のことを考えねばならない。今、僕たちは会社の役職で言うところの「書記」、さらには「荷倉役」に昇進できるかどうかの瀬戸際だった。

 二人とも一言も聞き漏らすまいと必死にスウェールスさんの言葉を帳面に書きつけて、顔が真っ赤になってる。何しろ一回で全部覚えろって言われてるからな。

 スウェールスさんはすらすらと話を続ける。
「砂糖はまだ無理だ。当面、我々は別の商品を扱うことになるだろう」
 そこで偶然スウェールスさんと目が合っちゃって、僕は焦ったよ。
 沈黙ばかりでは僕の存在意義が問われちゃう。何でもいいから、発言しなくちゃ。

「……えっと、香辛料ですか?」
 言った途端、僕は自分の間違いに気づいた。ロドルフがくすっと鼻で笑う。
「今は繊維製品でしょう。生糸と木綿の利益率が群を抜いています」

 むっとした。僕だって分かってたんだ。ちょっとうっかりしただけなのに、何だよ偉そうに。

 だけど現実には、ロドルフの方が明らかに頭の回転が速いし、間違いもほとんど犯さなかった。この能力差を隠すために僕は雑用も必死にこなしてるけど、スウェールスさん、そんなことにも気づいてるだろうなあ。

 だけどスウェールスさん、今のところまだ僕を追い出す気はなさそうだ。
「まあ、香辛料も繊維も、重要な交易品だよ。だが意外かもしれんが、現在最も安定して利益を上げているのは磁器なのだ」

 思いついたように椅子から立ち上がると、スウェールスさんはコツコツと靴音を立てて壁の棚の前へ行った。そこには固定される形で、数枚の白い皿が飾られてた。

「磁器は割れやすい印象があるだろうが、しっかりと梱包されていれば、意外と欠損が少ないものだ」
 スウェールスさんは壁から一枚の皿を取り出し、じっと見つめている。
「食料や布は、湿気やカビにやられて駄目になることがあるだろう? 磁器なら水に浸かっても問題ない。運ぶだけで一定の利益を産む。目立たないが有良商品だ」

 そういえば確かにスウェールスさん、チナからジャワによく磁器を運んでるよな。
 と思ったら、スウェールスさんはその皿を持ってきて卓上に置いた。

「見たまえ。これはイマリだ」
 その皿の中央に、青黒い絵具でVOCの三文字が書いてあった。
 ってことは、うちの会社の特注品なんだな。外周が額縁のように六つに区切られてて、一つ一つに動植物の絵が描き込まれてるよ。

               (染付芙蓉手VOC字文大皿)

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