第24話 若い通詞
文字数 1,587文字
日本に到着すると、前回までとはいろいろ勝手が違ってて、僕は戸惑った。
「長期滞在になるから、荷物を持って上陸しろ」
スウェールスさんの荷物と、僕の荷物とで、とてもいっぺんには運べない。
僕が出島の船着き場でモタモタしてたら、桟橋の近くに僕と同年代ぐらいの若い貴族が現れた。身分は高そうなのに、妙なものだった。荷役に命じることもなく、自ら僕に手を貸し、商館の中まで運ぶのを手伝ってくれたんだ。たぶん商館員は、この国でそれだけ大事にされているんだろう。
「ありがとう。君の名前は?」
「名村恵助です」
あんまり笑顔を見せてくれない奴だけど、オランダ語はまずまずだった。オランダ通詞っていう、長崎の通訳官の家系なんだってさ。
「ふうん。よろしく、ケースケ」
荷物を置くと、僕は笑って手を差し出した。
「後で若者だけ撞球 室に集まって、カードをやるんだ。君も一緒にどう?」
カードを知らないのかな。彼は怪訝な表情をするだけだった。
「お誘い、かたじけのうございます」
軽く上半身を折り曲げるだけだ。握手には応じないし、来るのか来ないのかはっきりと返事をしないときた。
何となく、むっとした。何だよこいつ、僕と友達になりたくないのか? 何が気に入らないのか知らないけど、感じ悪いよな。
などと内心怒っていたら、ケースケはその無表情のまま、時間通りに撞球室にやってきた。こっちと遊ぶ気は一応あったようだ。
僕らは蒸し暑さに耐えかね、すでにシャツを脱ぎ捨てて半裸になってた。
「さあさあ、始めようぜ! みんな1ギルダーは賭けろよ」
せっかく盛り上がってるのに、ケースケはそんな僕らを不思議そうに見上げるだけで、端正な着物姿を崩そうとしない。なぜか汗一つかいてもいなかった。
しかも彼はカードを切り始めた僕の腕をじっと見つめ、質問をぶつけてきたんだ。
「ブルクハウゼン殿は、かつて水夫 だったと聞きましたが、本当ですか?」
「何だって?」
はっとして、僕は手を止めた。ちょっと胸がとどろいたし、左腕に彫られたドクロと心臓が引きつるような感じもした。
ケースケは淡々と続ける。
「入墨のある方は、この国では侠客のように見られることがあります。お気をつけ下さい」
「……へ、へえ。そうなんだ」
僕は笑おうとしたけど、顔はひきつった。
「ちぇっ。入墨ぐらい、みんなやってるのにな」
僕はカードを投げるような手つきで配る。この僕がヤクザと同じだってさ。失礼しちゃうよね。
日本では腰に二本の刀を差した騎士階級が貴族に当たるらしいけど、ケースケもそういう格好をしてる。こいつの家、オランダ商館が平戸にあった古い時代から続いてるっていうから、実は僕なんかよりよっぽどお坊ちゃんなんだろうな。
だけど彼の態度に理由があることは、この少し後で分かった。ケースケを含め、日本人が帰った後、僕がブツクサ文句を言っていたら、年上の同僚が思い出したように言ったんだ。
「前に水夫上がりのオランダ人が、ここで傷害事件を起こしたらしいぜ。きっとそのせいだよ」
要するに、ケースケは上司に言われてたんだな。
「あのブルクハウゼンという男は要注意だ。目を離すな」
とか何とか、ね。まったく水夫だっていろいろなのに。舌打ちしちゃうよ。
ケースケはとことん真面目な男だった。僕がどこへ行くんでもしつこく付きまとってきた。
これには参ったよ。追い払おうとしても無駄で、彼は黙って付いてくるんだ。薄気味悪いほど、職務に忠実な奴だったよ。
「……なあ、ケースケ」
僕は辟易して声を掛けた。
「暴力は振るわないって約束するからさ。ちょっとは解放してくれないかな」
だけどケースケはにやっと笑うのみ。
「これも仕事なんでね。慣れて下さい」
こっちはやれやれだよ。せっかくロドルフとおさらばして、今後は気楽にやっていけるかと思ったのに、また妙な奴に出会っちまったんだから。
「長期滞在になるから、荷物を持って上陸しろ」
スウェールスさんの荷物と、僕の荷物とで、とてもいっぺんには運べない。
僕が出島の船着き場でモタモタしてたら、桟橋の近くに僕と同年代ぐらいの若い貴族が現れた。身分は高そうなのに、妙なものだった。荷役に命じることもなく、自ら僕に手を貸し、商館の中まで運ぶのを手伝ってくれたんだ。たぶん商館員は、この国でそれだけ大事にされているんだろう。
「ありがとう。君の名前は?」
「名村恵助です」
あんまり笑顔を見せてくれない奴だけど、オランダ語はまずまずだった。オランダ通詞っていう、長崎の通訳官の家系なんだってさ。
「ふうん。よろしく、ケースケ」
荷物を置くと、僕は笑って手を差し出した。
「後で若者だけ
カードを知らないのかな。彼は怪訝な表情をするだけだった。
「お誘い、かたじけのうございます」
軽く上半身を折り曲げるだけだ。握手には応じないし、来るのか来ないのかはっきりと返事をしないときた。
何となく、むっとした。何だよこいつ、僕と友達になりたくないのか? 何が気に入らないのか知らないけど、感じ悪いよな。
などと内心怒っていたら、ケースケはその無表情のまま、時間通りに撞球室にやってきた。こっちと遊ぶ気は一応あったようだ。
僕らは蒸し暑さに耐えかね、すでにシャツを脱ぎ捨てて半裸になってた。
「さあさあ、始めようぜ! みんな1ギルダーは賭けろよ」
せっかく盛り上がってるのに、ケースケはそんな僕らを不思議そうに見上げるだけで、端正な着物姿を崩そうとしない。なぜか汗一つかいてもいなかった。
しかも彼はカードを切り始めた僕の腕をじっと見つめ、質問をぶつけてきたんだ。
「ブルクハウゼン殿は、かつて
「何だって?」
はっとして、僕は手を止めた。ちょっと胸がとどろいたし、左腕に彫られたドクロと心臓が引きつるような感じもした。
ケースケは淡々と続ける。
「入墨のある方は、この国では侠客のように見られることがあります。お気をつけ下さい」
「……へ、へえ。そうなんだ」
僕は笑おうとしたけど、顔はひきつった。
「ちぇっ。入墨ぐらい、みんなやってるのにな」
僕はカードを投げるような手つきで配る。この僕がヤクザと同じだってさ。失礼しちゃうよね。
日本では腰に二本の刀を差した騎士階級が貴族に当たるらしいけど、ケースケもそういう格好をしてる。こいつの家、オランダ商館が平戸にあった古い時代から続いてるっていうから、実は僕なんかよりよっぽどお坊ちゃんなんだろうな。
だけど彼の態度に理由があることは、この少し後で分かった。ケースケを含め、日本人が帰った後、僕がブツクサ文句を言っていたら、年上の同僚が思い出したように言ったんだ。
「前に水夫上がりのオランダ人が、ここで傷害事件を起こしたらしいぜ。きっとそのせいだよ」
要するに、ケースケは上司に言われてたんだな。
「あのブルクハウゼンという男は要注意だ。目を離すな」
とか何とか、ね。まったく水夫だっていろいろなのに。舌打ちしちゃうよ。
ケースケはとことん真面目な男だった。僕がどこへ行くんでもしつこく付きまとってきた。
これには参ったよ。追い払おうとしても無駄で、彼は黙って付いてくるんだ。薄気味悪いほど、職務に忠実な奴だったよ。
「……なあ、ケースケ」
僕は辟易して声を掛けた。
「暴力は振るわないって約束するからさ。ちょっとは解放してくれないかな」
だけどケースケはにやっと笑うのみ。
「これも仕事なんでね。慣れて下さい」
こっちはやれやれだよ。せっかくロドルフとおさらばして、今後は気楽にやっていけるかと思ったのに、また妙な奴に出会っちまったんだから。