第4話 中甲板の風景
文字数 1,478文字
不安を抱えてるのは、ヤンも同じだったんだろうな。水平線を顎で指してこんなことを言い出したよ。
「向こうより、おれらはずっとましなんだぜ?」
何かと思ったら、ニシン漁船の話だった。
確かに向こうで数隻、波に揺られてるよ。あっちにも海の奴隷がたくさん乗ってるはずだ。
「あいつらは遠くへは行かないけど、その代わり漁が終わっても休みがないんだってさ。港に戻るまでに、魚のエラと内臓を取って、塩漬けまでやらされるんだって」
笑えない話だった。
嵐だろうが何だろうが、海の奴隷たちは上甲板で魚をさばき続ける。一人二人、波にさらわれて消えようが、船主は気にも留めないんだ。水夫の数が減ったらまた補充すればいいだけの話だからな。
でもそれが今のオランダ。まさに金がすべてさ。ニシンはすなわち金であり、金は人の命より大事ってわけだ。
それも当然かもしれない。何しろこの国は魚のお陰で奇跡の発展を遂げたんだそうで、そういう話はあちこちで聞くよ。
かつて海面を押し上げるような巨大なニシンの群れが、突然、北海に現れた。
本来なら、スペインからの独立を果たしたばかりの小国に何の力もなかった。だけど海はオランダに巨船を造らせ、冒険を許したんだそうだ。
この間、船の牧師の先生が、神様は旧教よりも新教の国をお選びになったとか言ってたけど、本当かなあ?
僕はもうちょっとだけ現実的に考える。オランダ紳士は借りた金をちゃんと返すんだよ。何でもスペイン・ハプスブルグ家は戦争が起こるたびに踏み倒してばかりらしいじゃないか。
オランダには、律儀な面もあるんだな。僕が外国の金持ち投資家だったら、やっぱりオランダ国家に金を貸したくなるね。
オランダが成り上がり者の国家になったのは、いろんな偶然と必然とがないまぜになってのことだと思う。
出航作業からようやく解放されて、僕たちはカードをやることにした。聖杯、刀剣、こん棒、貨幣の紋が描かれ、絵札には王、女王、勇者がある。「1」には風景画が描かれてるのがオランダらしいところ。みんなこれが好きなんだよな。
今日は小遣いも賭けるってさ。よしきた、もっと賭けろよ、みんな!
てなわけで、僕らがせっかく盛り上がってたのに、船内はにわかに緊張してきたよ。ドーヴァー海峡に入って、敵国イギリスの地が近づいてきたみたいだ。
「お前ら、遊んでる場合か!」
巡回の兵士が目くじらを立て、ヤンの尻を蹴り上げた。
「いつ戦闘が始まってもおかしくねえんだ。今のうちに火薬の確認ぐらいしとけよ」
勢いよく立ち上がったヤンが目を剥き、歯も剥いて相手を殴り返そうとした。僕は止めに入ろうかと思ったけど、周りの奴らの方が早かった。すぐに彼の肩を押さえにかかったよ。
兵士どもはくっくっと笑って立ち去り、その様子をヤンは悔しそうに見送ってる。
賢明な判断だね。あんな奴ら、相手にしない方がいい。
水夫にとって兵士は天敵だ。
あいつらの方がよっぽど汚いんだよ? いつもくちゃくちゃと噛みタバコをやってさ、痰壺にぺっと吐き出すんだ。その壺を蹴り倒された日にゃ、もう最悪。
上甲板のすぐ下に当たる、中甲板の風景は、灰色の絵の具で塗りつぶされる闇の世界だ。そもそもがろくでなしの集まる所。きれいなわけがないよな。
兵士は自分たちが戦いの最前線に立つからって、いつも威張って水夫を下に見てるけど、本当にイギリス軍が襲ってきたら全速力で逃げるにしろ、とどまって戦うにしろ、僕らの操船が絶対に必要なんだよ?
というわけで、僕はこっそり舌を出してやる。
あとで泣いても知らないぞ、バーカ。
「向こうより、おれらはずっとましなんだぜ?」
何かと思ったら、ニシン漁船の話だった。
確かに向こうで数隻、波に揺られてるよ。あっちにも海の奴隷がたくさん乗ってるはずだ。
「あいつらは遠くへは行かないけど、その代わり漁が終わっても休みがないんだってさ。港に戻るまでに、魚のエラと内臓を取って、塩漬けまでやらされるんだって」
笑えない話だった。
嵐だろうが何だろうが、海の奴隷たちは上甲板で魚をさばき続ける。一人二人、波にさらわれて消えようが、船主は気にも留めないんだ。水夫の数が減ったらまた補充すればいいだけの話だからな。
でもそれが今のオランダ。まさに金がすべてさ。ニシンはすなわち金であり、金は人の命より大事ってわけだ。
それも当然かもしれない。何しろこの国は魚のお陰で奇跡の発展を遂げたんだそうで、そういう話はあちこちで聞くよ。
かつて海面を押し上げるような巨大なニシンの群れが、突然、北海に現れた。
本来なら、スペインからの独立を果たしたばかりの小国に何の力もなかった。だけど海はオランダに巨船を造らせ、冒険を許したんだそうだ。
この間、船の牧師の先生が、神様は旧教よりも新教の国をお選びになったとか言ってたけど、本当かなあ?
僕はもうちょっとだけ現実的に考える。オランダ紳士は借りた金をちゃんと返すんだよ。何でもスペイン・ハプスブルグ家は戦争が起こるたびに踏み倒してばかりらしいじゃないか。
オランダには、律儀な面もあるんだな。僕が外国の金持ち投資家だったら、やっぱりオランダ国家に金を貸したくなるね。
オランダが成り上がり者の国家になったのは、いろんな偶然と必然とがないまぜになってのことだと思う。
出航作業からようやく解放されて、僕たちはカードをやることにした。聖杯、刀剣、こん棒、貨幣の紋が描かれ、絵札には王、女王、勇者がある。「1」には風景画が描かれてるのがオランダらしいところ。みんなこれが好きなんだよな。
今日は小遣いも賭けるってさ。よしきた、もっと賭けろよ、みんな!
てなわけで、僕らがせっかく盛り上がってたのに、船内はにわかに緊張してきたよ。ドーヴァー海峡に入って、敵国イギリスの地が近づいてきたみたいだ。
「お前ら、遊んでる場合か!」
巡回の兵士が目くじらを立て、ヤンの尻を蹴り上げた。
「いつ戦闘が始まってもおかしくねえんだ。今のうちに火薬の確認ぐらいしとけよ」
勢いよく立ち上がったヤンが目を剥き、歯も剥いて相手を殴り返そうとした。僕は止めに入ろうかと思ったけど、周りの奴らの方が早かった。すぐに彼の肩を押さえにかかったよ。
兵士どもはくっくっと笑って立ち去り、その様子をヤンは悔しそうに見送ってる。
賢明な判断だね。あんな奴ら、相手にしない方がいい。
水夫にとって兵士は天敵だ。
あいつらの方がよっぽど汚いんだよ? いつもくちゃくちゃと噛みタバコをやってさ、痰壺にぺっと吐き出すんだ。その壺を蹴り倒された日にゃ、もう最悪。
上甲板のすぐ下に当たる、中甲板の風景は、灰色の絵の具で塗りつぶされる闇の世界だ。そもそもがろくでなしの集まる所。きれいなわけがないよな。
兵士は自分たちが戦いの最前線に立つからって、いつも威張って水夫を下に見てるけど、本当にイギリス軍が襲ってきたら全速力で逃げるにしろ、とどまって戦うにしろ、僕らの操船が絶対に必要なんだよ?
というわけで、僕はこっそり舌を出してやる。
あとで泣いても知らないぞ、バーカ。