第25話 買って下さい

文字数 1,552文字

 ある日、出島の倉庫前で、僕は足を止めた。(わら)を使った不思議な梱包物を見かけたんだ。
 芸術的なその包み方が気になっただけで、積荷が何なのかは知らなかった。

「伊万里にご興味をお持ちですか。ブルクハウゼン殿?」
 ケースケはすかさず後ろから声を掛けてきた。
「よろしければ、知り合いの商人に開封させましょう。ご覧になるだけでも、いかがですか」

「なあんだ。伊万里か。じゃあいい」
 僕はすぐに手を振って見せた。
「言っとくけど、僕には買えないからね」

 まったく気を抜けないよ。日本人は何でもすぐに買わせようとするんだから。

 ロドルフに負けたくない一心で、僕もあれからちょっとは東洋磁器について勉強した。
 VOCは商品としての伊万里に見切りをつけ、公式の「元方(もとかた)荷物」から外したところだ。伊万里では商売が難しくなってきていて、これから日本から持ち出すのは、伊万里以外の商品にしようってことになったんだ。

 つまりケースケの奴、伊万里が急に売れなくなったからって、僕に私貿易で買い取らせる腹なんだぜ? うまくいったら商人から手数料でもせしめる話になってんだろうけど、その手には乗らないぞ。

「オランダの皆さんはもう伊万里の流行は去ったとおっしゃいますが、そんなことはありません」
 ケースケは小走りに追いついて来ると、しつこく食い下がってきた。
「現在の伊万里はさらに品質を上げています。実物を見て頂ければ、きっとお分かり頂けるかと存じますが」

「いくら言っても無駄だよ、ケースケ」
 僕は軽くいなしてやった。
「元方荷物についての相談なら、もっと偉い人にしてくれ」
「もちろん相談はしましたが、断られてしまったんです。商人たちは困っています」
「そりゃ、日本人が値段を吊り上げるからだろ。お前らが悪い」
 
 いい加減にしろとばかり、僕は足を止めてケースケを見据えた。僕だってスウェールスさんからいろいろ聞いてるからさ、ここは言わせてもらうよ。
「こっちも商売だ。慈善事業じゃないんだ。いろいろ難しいんだよ」
 
 伊万里は確かに美しいよ? だけどさ、僕らにしてみりゃヤパン製もチナ製も同じ東洋磁器なんだ。はっきり言って、チナの方が儲かるんだよね。

 清王朝が中国全土を平定し、治安が回復してきた今は、景徳鎮を始めとする高級磁器も、沿岸で焼かれてる安物の磁器も、再びインドの海に出回るようになってる。
 そうなるとチナの方が品質は良く、価格は安く、供給量も安定してる。どっちがいいか、言うまでもないだろ。

 しかも最近では多くのチナ人がバタヴィア近郊に移住してて、清国の商品が続々とジャンク船で運ばれてくるんだ。つまりオランダ人はジャワにいながら東洋磁器を買うこともできる。

 悪いけど、わざわざ日本で高い磁器を買う必要はなくなっちゃったんだよね。だから日本人が商館長に直談判したところで、スウェールスさんは相手にしないだろ。
 
 だいたい日本の製品はどれも質が良くないって、みんな言ってるよ。木綿ならインド亜大陸の方が上だし、絹もまたチナ製が一番だって。
 
 日本の輸出品で、まあまあの利益が出るのは、タワラモノと呼ばれる海産物ぐらいだ。ナマコやアワビ、フカヒレといった高級食材から、寒天、昆布、(かつお)にスルメといった庶民向けのものもある。これは干してあって保存が効くし、清国と食文化が似ている国ではよく売れる。日本製は質が良いとされてるんだ。

 その他の民芸品は、商品としては全然ダメだ。手編みの籠とか、寄木細工の箱とかいろいろあるけど、インド各地に似たような物がある。土産物として自分が楽しむならともかく、他国へ運んだところであんまり商売にはならないね。

 結局、日本では決済で手に入るクーバン(小判、金)、あるいは銅の(スターフ)(棒)のまま持ち去るのが一番だってことさ。
 
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