第27話 遊女も買って下さい
文字数 1,519文字
日本人は公式の場で堂々と遊女買いを勧めてくる。ちょっと信じられなかったよ。
これは何か裏があるんじゃないかって思った。
で、みんなが一斉に商館長に目を向けたもんだから、スウェールスさんは苦笑いしてたよ。
「……まあ、無理にとは言わないが」
スウェールスさんはわざとらしく咳払いをした。
「できるだけ日本側の要請には応えてもらいたい。この国ではオランダは徹底的に現地の習慣に従い、皇帝の信頼を得てきた経緯がある」
つまり日本人が女を呼べと言うのなら、呼んでやるのが紳士のたしなみ。誰も見ちゃいないし、お互い帰国後に告げ口もしないってことさ。
しかも品位を貶めるようなことだと考える必要もない。これはあくまで、両国の友好のためにすることなんだ。
とんだご都合主義だけど、オランダ紳士にはおなじみの合理的な考え方だよな。
商館長のお墨付きが得られたとなれば、みんな急に面白がってさ。豊満な体つきがいいとか、美人じゃなくてもいいから性欲の強いのがいいとか、それぞれ勝手な要望を出し始めたよ。
それを日本人の通訳官たちは大真面目に紙と筆を取り出してさ、まるで料理の注文でも取るみたいに書き付けていくんだ。
僕を含めた若手は絶句して、おろおろ視線を泳がせてたよ。
僕の椅子の脇には、当然のごとくケースケが片膝をついた。
「ブルクハウゼン殿は、いかがなさいますか?」
僕、横目でちらっと見て、こいつも女を買うこと、あるのかなって思った。日本人も同じなんだな。その取り澄ました顔で、裏ではいくらでも悪いことができるんだ。
「……ケースケ。君のおすすめは?」
僕の方も澄まして聞いてやった。真面目なこの男を、ちょっとからかったつもりだった。
すると彼の目に、震えるような悲しみの波が走ったんだ。
ケースケの全身が硬直して、手が震えて、柔らかなヤパンの筆の穂先から今にも墨が滴り落ちそうだった。
それは一瞬のことだったけど、僕にも分かったよ。同胞の女を差し出さなくちゃならないのは、日本人にとっても耐えがたいほどの屈辱なんだ。ケースケも自分が虐げられたような気分を味わってる。
でもオランダ人に来年もぜひ来たいと思わせる、それが長崎の男の役目だ。
だからケースケがすぐに気を取り直し、顔を上げたのは、彼の強さだったかもしれない。
「……遊女の揚げ代は格によって違います。ですからまずは大まかな好みを仰って頂き、こちらで数人の候補を絞り込んだ上で、再びお選び頂くこともできますが」
そんな言い方をされると、僕はまた警戒心の塊になる。こいつ、高級娼婦を勧めてくる気だな。
僕は安い女しか知らないよ。何しろこっちが最低の船乗りだったからさ、どんな港町でも最低の女と行きずりの関係を結んできた。最低同士、それでいいと思ってきた。
だけどそのときだ。ふと故国の娼婦たちの顔を思い出したのは。
あとで水夫として売られることも知らず、少年たちは素直にぞろぞろと歩いて、売春宿に連れて行かれた。そして化粧の濃いお姉さんたちに押し付けられたんだっけ。
ひどいもんだ。あのヤクザとつながった女どもめ!
「……いかにも商売女、というのは嫌だな」
気づいたら、僕は呼吸も荒く、膝で貧乏揺すりをしてた。
「ど素人を連れて来いよ。男の肌なんか知らない、若い娘がいいや」
半分は冗談、だけど半分は本気だった。
そうだ。そうして踏みにじられてきたからこそ、他人に鞭をふるう立場にもなれる。僕はずっと、こんなひどい世の中にいつか復讐してやるって思ってきた。日本人の女なんか腹の下でヒイヒイ泣かせて、終わったら殺してやる。誰もがそうやって自分の心を救い出し、どうにか生き延びてるんだ。分かったか!
これは何か裏があるんじゃないかって思った。
で、みんなが一斉に商館長に目を向けたもんだから、スウェールスさんは苦笑いしてたよ。
「……まあ、無理にとは言わないが」
スウェールスさんはわざとらしく咳払いをした。
「できるだけ日本側の要請には応えてもらいたい。この国ではオランダは徹底的に現地の習慣に従い、皇帝の信頼を得てきた経緯がある」
つまり日本人が女を呼べと言うのなら、呼んでやるのが紳士のたしなみ。誰も見ちゃいないし、お互い帰国後に告げ口もしないってことさ。
しかも品位を貶めるようなことだと考える必要もない。これはあくまで、両国の友好のためにすることなんだ。
とんだご都合主義だけど、オランダ紳士にはおなじみの合理的な考え方だよな。
商館長のお墨付きが得られたとなれば、みんな急に面白がってさ。豊満な体つきがいいとか、美人じゃなくてもいいから性欲の強いのがいいとか、それぞれ勝手な要望を出し始めたよ。
それを日本人の通訳官たちは大真面目に紙と筆を取り出してさ、まるで料理の注文でも取るみたいに書き付けていくんだ。
僕を含めた若手は絶句して、おろおろ視線を泳がせてたよ。
僕の椅子の脇には、当然のごとくケースケが片膝をついた。
「ブルクハウゼン殿は、いかがなさいますか?」
僕、横目でちらっと見て、こいつも女を買うこと、あるのかなって思った。日本人も同じなんだな。その取り澄ました顔で、裏ではいくらでも悪いことができるんだ。
「……ケースケ。君のおすすめは?」
僕の方も澄まして聞いてやった。真面目なこの男を、ちょっとからかったつもりだった。
すると彼の目に、震えるような悲しみの波が走ったんだ。
ケースケの全身が硬直して、手が震えて、柔らかなヤパンの筆の穂先から今にも墨が滴り落ちそうだった。
それは一瞬のことだったけど、僕にも分かったよ。同胞の女を差し出さなくちゃならないのは、日本人にとっても耐えがたいほどの屈辱なんだ。ケースケも自分が虐げられたような気分を味わってる。
でもオランダ人に来年もぜひ来たいと思わせる、それが長崎の男の役目だ。
だからケースケがすぐに気を取り直し、顔を上げたのは、彼の強さだったかもしれない。
「……遊女の揚げ代は格によって違います。ですからまずは大まかな好みを仰って頂き、こちらで数人の候補を絞り込んだ上で、再びお選び頂くこともできますが」
そんな言い方をされると、僕はまた警戒心の塊になる。こいつ、高級娼婦を勧めてくる気だな。
僕は安い女しか知らないよ。何しろこっちが最低の船乗りだったからさ、どんな港町でも最低の女と行きずりの関係を結んできた。最低同士、それでいいと思ってきた。
だけどそのときだ。ふと故国の娼婦たちの顔を思い出したのは。
あとで水夫として売られることも知らず、少年たちは素直にぞろぞろと歩いて、売春宿に連れて行かれた。そして化粧の濃いお姉さんたちに押し付けられたんだっけ。
ひどいもんだ。あのヤクザとつながった女どもめ!
「……いかにも商売女、というのは嫌だな」
気づいたら、僕は呼吸も荒く、膝で貧乏揺すりをしてた。
「ど素人を連れて来いよ。男の肌なんか知らない、若い娘がいいや」
半分は冗談、だけど半分は本気だった。
そうだ。そうして踏みにじられてきたからこそ、他人に鞭をふるう立場にもなれる。僕はずっと、こんなひどい世の中にいつか復讐してやるって思ってきた。日本人の女なんか腹の下でヒイヒイ泣かせて、終わったら殺してやる。誰もがそうやって自分の心を救い出し、どうにか生き延びてるんだ。分かったか!