第23話 美麗島
文字数 1,343文字
「ここはチナの東だ。古来、静かな海と呼ばれている」
僕と二人、上甲板を散歩しながら、スウェールスさんは詩でもくちずさむように話してる。
「だが油断はならないぞ。決して海賊がいないという意味ではない。むしろ今ここで誰が勢力を持っているかについては、よそ以上に敏感にならねばならないのだ」
今、海は凪いでいて、波を感じないほどだ。確かに、静かな海という名にふさわしい。
だけどチナの東って、沿岸の人口が稠密 な上に、季節風のある海域だ。だから太古の昔より交易船が行き交い、独自の文化や習慣が根付いてきたんだって。
オランダだって、表向きはここの縄張りの「親分」に金を払えば、野蛮人が襲ってこないようにしてもらえる。だけどその仕組みがきちんと機能するかはその時の情勢によるし、現実には複数いる「親分」のうち、誰に金を払うべきかが問題になったりもする。
で、過去に最も強大だった勢力といえば、やはりツィエンの一族。オランダはそいつらとうまくやるどころか、かなり苦しめられたそうだ。
「ほら、あの島だよ。野蛮なるツィエンに乗っ取られたのは」
スウェールスさんは水平線の方を指差した。確かにうっすらと島影らしきものが見えるけど、大きくて大陸との区別がつかなかった。
「タイオワン、ですね?」
僕がつい現地語を言っちゃったので、スウェールスさんは苦々しく顔をしかめ、すぐに馴染みのあるポルトガル語の地名に言い換えた。
「美麗島 だ。海賊の首領は、プン・プワンと呼ばれていてね」
すみません、と僕は肩をすくめたけど、確かに聞いたことがある。プン・プワンとは、鄭成功という男の自称「本藩」からきてるんだって。
「ツィエンは汚いやり方で、オランダがチナ貿易の拠点として建てたプロヴィンシア城とゼーランディア城を奪ったのだ。オランダ軍は粛々と誇り高くフォルモサから退却したが、永遠にこの屈辱を忘れはしないだろう」
スウェールスさんは眉根を寄せ、珍しく感情をあらわにしてた。よっぽどツィエンが嫌いなんだなあ。
でも僕はちょっと腑に落ちなかった。
「……でも、ツィエンの王国はすでに滅んでいるんですよね?」
昔はいくら強かったか知らないけど、結局はそいつら自滅してるじゃないか。清国に滅ぼされたのは確かだけど、それより前に内紛でガタガタになってたって話だよ。
だけどスウェールスさんは深刻な顔をしたままで、うなずいてくれなかった。
「ツィエンの戦士のほとんどはチナに投降したが、残党がまだ潜伏しているという噂だ。チナの皇帝の軍隊が目の色を変えて探しているものの、行方がわからないという。まったく、どこの国がかくまっているのやら」
「そんなの、生きてるかどうかもわからないじゃないですか」
いや、とスウェールスさんは表面だけがキラキラと光る海をにらみつけた。
「非常に不愉快な話だが、オランダを倒したプン・プワンはこの海域では英雄視され、今でも大変な人気がある。何が起こってもおかしくはないんだ。今日明日にも、薄気味悪いジャンクの大船団が海上に現れるかもしれんぞ」
つまりここは海賊だらけの荒ぶる海と変わらないってことだ。僕は肩をすくめた。
さざ波が船の側面を優しく叩く静かな海だけど、こんな縁起の悪い所はさっさと通り過ぎるに限るね。
僕と二人、上甲板を散歩しながら、スウェールスさんは詩でもくちずさむように話してる。
「だが油断はならないぞ。決して海賊がいないという意味ではない。むしろ今ここで誰が勢力を持っているかについては、よそ以上に敏感にならねばならないのだ」
今、海は凪いでいて、波を感じないほどだ。確かに、静かな海という名にふさわしい。
だけどチナの東って、沿岸の人口が
オランダだって、表向きはここの縄張りの「親分」に金を払えば、野蛮人が襲ってこないようにしてもらえる。だけどその仕組みがきちんと機能するかはその時の情勢によるし、現実には複数いる「親分」のうち、誰に金を払うべきかが問題になったりもする。
で、過去に最も強大だった勢力といえば、やはりツィエンの一族。オランダはそいつらとうまくやるどころか、かなり苦しめられたそうだ。
「ほら、あの島だよ。野蛮なるツィエンに乗っ取られたのは」
スウェールスさんは水平線の方を指差した。確かにうっすらと島影らしきものが見えるけど、大きくて大陸との区別がつかなかった。
「タイオワン、ですね?」
僕がつい現地語を言っちゃったので、スウェールスさんは苦々しく顔をしかめ、すぐに馴染みのあるポルトガル語の地名に言い換えた。
「
すみません、と僕は肩をすくめたけど、確かに聞いたことがある。プン・プワンとは、鄭成功という男の自称「本藩」からきてるんだって。
「ツィエンは汚いやり方で、オランダがチナ貿易の拠点として建てたプロヴィンシア城とゼーランディア城を奪ったのだ。オランダ軍は粛々と誇り高くフォルモサから退却したが、永遠にこの屈辱を忘れはしないだろう」
スウェールスさんは眉根を寄せ、珍しく感情をあらわにしてた。よっぽどツィエンが嫌いなんだなあ。
でも僕はちょっと腑に落ちなかった。
「……でも、ツィエンの王国はすでに滅んでいるんですよね?」
昔はいくら強かったか知らないけど、結局はそいつら自滅してるじゃないか。清国に滅ぼされたのは確かだけど、それより前に内紛でガタガタになってたって話だよ。
だけどスウェールスさんは深刻な顔をしたままで、うなずいてくれなかった。
「ツィエンの戦士のほとんどはチナに投降したが、残党がまだ潜伏しているという噂だ。チナの皇帝の軍隊が目の色を変えて探しているものの、行方がわからないという。まったく、どこの国がかくまっているのやら」
「そんなの、生きてるかどうかもわからないじゃないですか」
いや、とスウェールスさんは表面だけがキラキラと光る海をにらみつけた。
「非常に不愉快な話だが、オランダを倒したプン・プワンはこの海域では英雄視され、今でも大変な人気がある。何が起こってもおかしくはないんだ。今日明日にも、薄気味悪いジャンクの大船団が海上に現れるかもしれんぞ」
つまりここは海賊だらけの荒ぶる海と変わらないってことだ。僕は肩をすくめた。
さざ波が船の側面を優しく叩く静かな海だけど、こんな縁起の悪い所はさっさと通り過ぎるに限るね。