第8話 刑罰

文字数 1,453文字

 鞭打ちは厳罰だ。訓練の時にもずいぶんやられたけど、大抵は一回こっきりだった。

 しかしあれはすっげえ痛いもんだよ。五十回もやられたら死んじゃうよ。いくら冷酷な助手たちだって、まさか手加減してくれるだろうと思いたい。

 だけど目の前で進められる刑の準備はなかなか周到だった。その器材を見て、僕はごくりと唾を飲む。
 両手両足をそれぞれ別に縛りつけられるらしい。これは単なる見世物では済まなそうだ。

 嘘だろ、嘘だろ、と思う。
 だけど逃げられはしない。次第に僕の脈拍は速まり、びしょ濡れの犬のように全身が震え出した。
 
 もちろんそんな罪人の心情なんて、少しも斟酌されることはない。僕はさっさと上半身を裸にされ、両腕を柱にくくりつけられた。
 そして衆人環視の中、刑が始まったんだ。
 
 ぶん、と鞭がうなりを上げ、僕は歯を食いしばった。
 直後、信じがたいような痛み、というか、熱さが背に走った。

 声なんか出さないつもりだったけど、数回目にはもう次の衝撃に備える余裕がなくなった。今にも気絶しそうな、むき出しの苦痛。自分の血がほとばしるのが見える。抑える余裕もなく、うめき声が漏れるばかりだ。

 でっぷりと太ったこの掌帆長は、性根が腐ってるというか、何かが狂ってるんだろうな。もだえ苦しむ人間を見るのが楽しくて仕方がないようだった。
 くっくっと肩を揺らしながら、僕をからかってくる。
「世の中が憎いか、このドブネズミ。え? 憎いって言ってみろ」

 普段ならこんな命令には従わず、逃げる方法を考えるところだけど、すでに僕の意識はもうろうとしてる。言いなりになればここでやめてもらえるんだろうかって、僕は淡い期待にすがりついてしまった。

「……に、憎い……」
「そうだろう。憎いだろう。そら、もっと憎め!」
 満足した様子の掌帆長は、しかしそれで終えることなく、助手に続けるよう促した。

 またも衝撃が走り、僕はまた絶叫する。
「憎め、憎め! このどうしようもない世の中を憎め!」

 背中の皮膚が切れたのを感じた。僕の足元に、唾がだらりと垂れていく。掌帆長は血走った目をひん剥いて、狂ったように叫んでる。
「インドへ行くんだ! インドには金があるぞ! 世の中を見返せるぞ!」
 その声はがらんどうになった僕の頭にむなしく響くだけ。もう何も考えられなかった。

 すでに僕の背には、切り傷が斜めの線になって走ってんだろう。そこからは血だけじゃなく、肉も飛び出してるんだろう。打たれるたび全身に衝撃が走ってるけど、もう駄目だ。目も見えなくなってきた。

 顔に水がかけられた!
 咳き込んで、僕は目が覚めた。気を失うのもダメらしいな。
 
 もうここで死ぬしかない、と思った。
 ここまでやられたら、僕はもうインドへなんか行けない。

 完全にあきらめた、その時だった。

 なぜか突然、刑が中断された。
 たぶんまだ五十回まで行っていないと思うのに、助手たちが黙って引き下がってる。何かがあったんだろうと思うけど、それが何なのかは分からない。
 もちろんすぐに再開されると思っていたから、僕はまだ警戒心に凝り固まってたよ。だらりと首を垂れた、何ともだらしない姿ではあったけど。

 何が何やら分からないまま、僕は縄を解かれて人々の手で運ばれた。
 そして甲板上の、ハッチの横にくくりつけられた。


 足首には重たい鎖も巻かれたけど、こんなのなくたって脱走できるわけがないよね。僕はもうただの肉塊に成り果てたような気分で、ぐにゃりと倒れ込んでた。
 そのまま、しばらく波の揺れだけを感じてたよ。

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