第7話

文字数 3,394文字


      その七

 駅の東口にはお目当てのバス停があるので、ぼくは時刻表を確認したのちに、マミー屋敷へともかく向かうことにしたのだけれど、住み込みの謎の婦人がまたぞろいれてくれた青汁をグイッと飲んだのちに球場ふうのベンチもあるファミスタルームにしぶしぶ入ると、お昼ごろから接待しているらしい山城さんがいつものようにマミーさまに真ん中からやや外側に曲がるキレのない変化球を投げていて、山城さんは、その球を右中間の一番深いところにたたき込んでいた「かどた」選手に、
「なんて、すごいバッターなんだぁ!」
 と賞賛の言葉を贈っていた。
 マミーさまは一時期、「ファミスタ87」のカセットに肩入れもしていたのだが、
「『87』は飛ばないボールを使ってて、球場に足をはこんでくれる人の気持ちをかんがえてないわね」
 という実業家的見解から最近はもっぱら初代のファミスタ――つまり“86”のほうを選択している。
 初代での試合の場合、マミーさまのチームはかならず猛打を誇るあの「レールウェイズ」で、ちなみにそれを知らないでRチームをうっかり選んでしまうと、あとでたいへんな説教を幕臣たちより受けるのだが、いま山城さんに絶賛された本塁打二十六本の「かどた」をマミーさまはピッチャーへの代打でとしか起用しなくて、
「五番の『みのだ』は本塁打は十八本程度で、打率も三割を切ってるんですから、五番に『かどた』を据えたらどうですか?」
 といちどぼくは真摯な態度で助言したことがあるのだけれど、マミーさまは、
「でもかれはベテランで、ひざに古傷もあるし、それにもともと守備に難があるのよ」
 という気づかいをじつは「かどた」にしていたのだった。
 マミーさまは各選手の応援歌もわれわれにつくらせていて、だからぼくは一番の「おおいし」が打席に立つと、
「♪ 炸裂する剣、俊敏なお前がダイヤモンドを駆ける
   真心をつかめよ『おおいし』その手で」
 と自然に口ずさんでいることになっていたのだけれど、その「おおいし」をあえて打ち取った山城さんは二番の「まつなか」が左のバッターボックスで二、三度素振りをして身構えると、
「うひゃー。いやなバッターが出てきたなぁ」
 と大げさにいいつつ、対戦相手のくせに「まつなか」の、
「♪ 魅せてくれ、俺たちに、魅せてやれ、ライバルに
   お前の華麗な、ゴーゴー・プレー
   レッツ・ゴー・カモン、ゴーゴゴー」
 という応援歌をうたいだしていて、もちろん二者連続で打ち取るなどというのは、リスクが大きすぎるわけだから「まつなか」にはレフト前にきれいに打たせてあげていたのだが、つづく三番の「でひす」は本塁打三十六本の強打者だったので、
「♪ ぶちこめよ、スタンドに、羽ばたけよ、空に
   俺たちの夢を乗せ、宇宙の果てまで、飛んで行け
   トンビと共に、永遠に」
 という応援歌をうたいおえないうちに、バックスクリーンに弾丸ライナーで突き刺さる火の出るようなものすごいホームランを打ってしまって、
「マミーさま、これじゃあ『でひす』を応援できないじゃないですかぁ。もう、インハイの球を、わきをたたんで上からかぶせるようにして、しかもセンターにもっていくなんて……すごいな、普通ひっかけてファールですよ。マミーさま、こんなに上手だと、われわれは手も足もでません」
 とさりげなく素敵に苦情をいったぼくは、そんな流れだったのでマミーさまにいったんタイムをかけてもらって、
「♪ 遠い星からやってきた感もあるぶうま
   ぶうま、ぶうま、ヘイ! ぶうま
   打て打てぶうま、打ちまくれ」
 という四番バッターの応援歌を想いを込めてうたいあげてしまったのだけれど、肝心のその「ぶうま」はというと、おそい球を待ちきれなかったようなスイングで内野フライを高々と打ち上げていて、マミーさまは、
「『ぶうま』も五月に入って、下半身のねばりがなくなってきたわね」
 うんぬんと、今夜は「ぶうま」のオフの過ごし方にまで視野を広げていたのだった。
「あのう、お電話です」
 と謎の婦人に呼ばれていったん部屋を出たマミーさまは、
「ごめんなさい。またIBCの会長と会うことになっちゃったの」
 ということにこのあとはなっていたので、ぼくと山城さんはあたかも、
「納得がいかないですよ! もっともっと、ファミスタやりたいのに……」
 といった趣でマミーさまを見送ると、
「よしっ! じゃあ、どこかで発散しますか!」
 と場を変えてまたぞろ一杯やることにしたのだが、きょうの午前中、英光屋敷に出向いて不法投棄されてあった例の「子ども用タンス」を見てきたらしい山城さんは〈高はし〉の槇の間で、
「お疲れ」
 と乾杯すると、
「『ゴレンジャー』のシールなんかが、いっぱいベタベタ貼られてありましてね――だからわたしよりすこし年上……、あれ、倉間さんは、おいくつでしたっけ?」
「七月で三十七です」
「じゃあ、ぜんぜん観たことないでしょうね。わたしだって、イトコにおしえてもらったからゴレンジャーは飛べるって、知ってるんですもの。“バーディー”を使えばですけどね」
 というようなこともぽつぽつ述べてきて、お話のなかで、応対してくれた英光ご老公のお孫さんの服装を知ったぼくは、
「えっ! ワンピースみたいなのを着てたんですか! い、色は何色でしたか? し、白! 白だったんですね! たしかに白だったんですね、山城さん!」
 とタンスよりもむしろそのワンピースのほうに関心をいだいていたのだけれど、山城さんが指摘するには、先月のぼくはカバーオールと浦野のきもの、先々月のぼくは女性ランナーがはいているタイツと保育園の先生が掛けているピンクのエプロンに関心をいだいていたとのことだったので、今月のこの猛烈なかじりつき様も、犯人捜しにまつわる第六感だとか、そういう立派なものでは決してないだろう。
 地デジ問題の説明会に行く、という理由で吉野さんの講演を欠席していた山城さんに、
「で、どうでした? かわいい女の子いましたか?」
 ときくと、米焼酎に移行するために店のブザーを押していた山城さんは、
「あっ、そうそう。あれ、じつは行けなかったんですよぉ」
 とその日いきなりたずねてきた「なりきりアクターズ・スクール」の生徒のことをしゃべりだしたのだが、半年ほどまえまでは毎日のようにわれわれのどちらかの住まいに陳情しに来ていたこの通称ロバート・パチーノくんも、近ごろはまったく姿をみせなくなっていたので、これをきいたときには逆にぼくもちょっとほっとして、
「まだトニー・モンタナふうでしたか?」
 などとおもわず山城さんに確認してしまって、しかし山城さんのお話をさらにうかがってみると、パチーノくんは例の一件にまだまだこだわっていて、
「いつになったら、クランク・インするんですか?」
 うんぬんと、その場で演技を六時間もみせてきたみたいだから、今回のようにその場その場をやり過ごす、ということももちろん大事なのだけれど、
「じっさいに映画のほうを撮影する」
 という対応も、われわれはいいかげん協議しなければならないのかもしれなかった。
 オムライスグループの幕臣には、
「現代の子どもたちが、パソコンや携帯に依存してしまっているのを、なんとかしなくてはならない!」
 と強く思っている人が何人かいて、そういう社会貢献的な観点から、いちおう「ジュニぶら」などの健康機器関連を中心にビジネスを展開しているわがグループは「健全な青少年を育成するため」と称して映画を創ることになったのだが、
「子どもたちよ、太陽にあびろ! そして、ぶら下がれ!」
 というのをスローガンに立ち上げられたこのプロジェクトは、その後幕臣のひとりが密かにパソコン教室に通って、
「あ、わ、じ、ま、ち、か、げ、変換。あっ、できた!」
 とキーボードをつかえるようになったあたりから急激に議題にあがらなくなっていて、当初はわれわれも幕臣たちに会えば、
「そろそろ予算のほう、工面していただけませんか」
 などと積極的な姿勢をみせていたのだけれど、幕臣たちはそのつど、腹痛を訴えたり、オムオムバーガーの無料券をポケットにつっこんできたりしてお茶を濁しつづけているものだから、いつごろからか、この話は「きたへふ」の内角をえぐるシュートなみに御法度になってしまっているのである。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み