第37話

文字数 3,896文字


      その三十七

 日本酒二升と高級缶詰の詰め合わせと三原さんがつくったエリマキトカゲの焼き物を渡すと、
「これはこれは。ご丁寧に、すみません」
 といって、用七翁はわれわれに葉っぱのかたちをしたまんじゅうと「根葉の無農薬茶」を出してくれたが、ぼくがざっと天地小巻ちゃんや沼口探険隊のことを説明して、民吾氏が、
「これなんです」
 とみずからが創作した「マーシシマイ」のスケッチをみせると、それまでもずっとニヤニヤしていた翁は、
「いいね、いいねぇ! あはははは」
 とさらにはしゃぎ出すこととなった。
「しかしな倉間さん。その火野きよしくんていうのに、しっかり情報を流すようにさせないといけないよ。ぜったいに小巻さんの耳に入るようにね」
「ええ。そこが心配なんで、こうなったらもう、火野きよしさんに探険の同行もしてもらうつもりでいます。といいますのは、卵新組は〈ぐるぐる三昧〉の社長にそもそも報酬をいただき過ぎているんですよ。ですから、そこから火野きよしさんにすこしあげようとかんがえてましてね。報酬があれば、火野きよしさんはかならずいい仕事をしてくれると思うのです。後妻さんへのサービスだって、ずいぶん律儀にやってましたよ」
 民吾氏が、
「倉間さんが監督で、わたしが、これをかぶって――」
 とこの作戦の配役を用七老人に発表すると、老人は、
「いや待った。この『マーシシマイ』は、三原さんがやらないほうがいい」
 とここではじめて仕掛け人としての明白な意見を述べてくれたのだけれど、デミグラスソースをマーシシマイ役とすると、なるほどたしかに躍動感は民吾氏が演じるより増すであろうから、ぼくも民吾氏もこれには、
「そうかぁ。勉強になるなぁ」
 とただただ感心していたのだった。
「だけど、ちょっとお色気が足りないね。こういう探険ものでも、そういうのはぜったい必要なんだよ」
 とおでこに手を当ててかんがえこんでいた用七老人に、酒が入るとたいてい、
「わたし変態だもん」
 と主張してくる川上さんのことをとりあえず紹介すると、仕掛け人は、
「しかしその娘さんだと、倫理的な方面から攻撃されたさいの抜け道を確保するのはよりむずかしくなってしまうだろうし、編集するのも手間がかかるだろう……」
 と意外にも川上さんの変態性には興味をしめさなかったが、
「ほかに、だれかいないかい?」
 ときいてきた老人に、ぼくの近辺にいる女性を思いつくかぎりあげてみると、
「ああ、その人だ! その人、気に入った!」
 と仕掛け人はお隣のさおりさんに素早く反応することになっていたので、
「キャスティングは可能かい?」
 と心配している用七老人に、
「交わりのスケジュールと、あと喪服の折り合いがつけば、まずだいじょうぶだと思いますよ」
 とこたえたぼくは、
「しかし、さおりさんをどのように使うんですか?」
 とほんとうはダイアンさんをお色気係に抜擢したかったので、大先輩に失礼かもしれなかったが、反対するポイントをみつけたいという気持ちもあって、こううかがってみた。
「――な。で、もしCM用のナレーションなんかが必要になったらさぁ、その人にやってもらえば、意外性があって、いいじゃん。あっ、本編のナレーションでもいいのか。『燃えよ剣』でも裏通り先生役の左右田一平がやってるもんな……」
「なるほどぉ! いえいえ、それなら賛成です賛成です」
 用七老人の案は沼口探険隊が作戦会議等をしているときにとなりの部屋でさおりさんに降りてきたご主人と交わってもらう、というもので、これだと幽霊関係のテイストも同時に出せるらしいから、
「作品の質が深まる!」
 と立ちあがった老人はいよいよ部屋中をうろうろ歩き出していたのだけれど、ある程度作品のイメージはつかめてきたらしい仕掛け人は、
「しかし倉間監督のこだわりを考慮すると、『三原ホテルの近くの森林にマーシシマイを探しに行く』という構成じゃあ、固定カメラやローアングルのよさが出しにくいね」
 というこちらの事情にまでイメージをふくらませてくれていて、三原さんにホテルの構造をきいた大先輩は、
「よし! じゃあ、三原さんのそのはなれの工房と、ローアングルが生かせる海辺を撮影現場の中心として、そこから筋を組み立てていこう!」
 と今度はわれわれにもどんどんアイデアを出すよう、うながしてきた。
「クロスピンクの変身セット、フル装備で持ってますよね? 倉間さん」
「あれはスタントの方から、ずっと借りたままなんですよ」
「倉間さん、その『あさりちゃん』っていうのは、キャスティングできるかい?」
「それはむずかしいですよ、用七先輩。だいたい普段どこにいるのか、まったく不明なんです」
「お玉さんは赤いパンツを最近何枚か購入したそうなんです。ですから、それを一枚お借りして、マーシシマイをおびき寄せることにしますか?」
「ねえ民吾さん、ということは、このマーシシマイは闘牛みたいな感じなんですか?」
「三原さんの“おびき寄せる”っていうアイデアは生かそうよ、倉間さん。しかしパンツにすると、信憑性を問われるから……あっ! なにか特殊な好物でもでっち上げればいいんだ!」
 二時間ほど先のように、ああでもないこうでもないと話し合った結果、
『衝撃! 宇宙人ともお話できる神秘の生物マーシシマイ!』
 の前半部分の筋は、まず最初のシーンで海辺で花火をたのしんでいる沼口探険隊のひとりが、
「隊長、マッチがもうありません」
 と隊長に報告して、近隣の島民にチャッカマンを借りに行って、そのついでに風でバサバサしつづけていたブルーシートの重石になるようなものも貸してもらい、重石は民吾氏が普段地道に制作しているエリマキトカゲの焼き物で、隊員たちは最初、
「隊長、これ、かわいいですね」
 などと、ほほえんだりくつろいだりしているのだけれど、岩影から突如あらわれたマーシシマイにそれを横取りされてしまって、隊員たちは、
「隊長! いまの生物は、いったい何なんですか?」
 と一人ひとり、ローアングルのカメラに正対するかたちで質問して、じつはそのためにこの島に隊員たちを連れてきていた沼口隊長は、独自に調査していたマーシシマイの存在を隊員たちにここではじめて打ち明ける。
 第二のシーンでは、島民の方々にこの伝説の生物についてたずねまわって、マーシシマイは本来ご飯党だが、おやつにはゲテモノもけっこう食べていると聞き、隊員たちはエリマキトカゲの焼き物を横取りされた理由を知る(たずねまわっている最中にサイダーの空き缶とマカロニサラダだけ手を付けていないホカ弁の食べ散らかしを発見するが、それは謎のままにしておく)。
 第三のシーンでは、エリマキトカゲの焼き物を長年こしらえているM・M氏(三原民吾さん)に話をうかがいに行く。
 しかし、エリマキトカゲを制作するさいは、ケガ防止と集中力を高めるためにかならずクロスピンクの変身プロテクターを装着しているM・M氏は、沼口探険隊にマーシシマイの人となりをかなりもったいぶって話すと、
「焼き物を分けてほしかったら、まず、エリマキトカゲの気持ちを知ることね」
 とヘルメット越しの金髪をかき分けて、また工房にこもってしまう。
 第四のシーンではウインドブレーカーで“エリマキ”をつくって、がに股で海辺を走っている隊員のひとりが、猛ダッシュしてきたマーシシマイにいきなりタックルされたのちに食べられそうになる。
 しかしクロスピンクのプロテクターを装着したM・M氏が、マーシシマイにどんぶりいっぱいのマカロニサラダをみせて、宇宙語っぽく「♪ ゲラ、ゲラ、ゲラ、ゲラ、バリア~」などと叱ると、マーシシマイは渋々どこかに去って行き、気を失っていたその隊員は風呂敷などでエリマキをつくってエリマキトカゲの気持ちをすこしでも知ろうと必死にそこらへんをがに股で走りまくっていたほかの隊員たちにやがて助けられる。
 第五のシーンでは、工房にこもっているM・M氏に、どうしたらマーシシマイとの正しい接し方を教えてもらえるだろうかと、隊員たちはもよりのホテル(三原ホテル)の一室で考え込む。
 そのとき、となりの部屋から他界されたご主人さんと交わっているさおりさんの声がきこえてくる。
 ご主人さんは小股の切れ上がったさおりさんを激しく求めているが、そのセリフもさおりさん自身がすべてこなしている(この場面はわれわれがセリフを決めないで、さおりさんの好きなように交わってもらう)。
 第六のシーンでは、さおりさんの部屋の障子に穴を開けて交わりを観察しているマーシシマイと宇宙人(カズマサ・コウノの股引きをはいた中津川さん)を、がに股ウォーキングから帰ってきた沼口隊長が目撃する(このさい、シーシーしていたつま楊枝ですばやく方角を指さし確認しても可)。
 しかし、となりの部屋でドンジャラをしていた隊員たちがあわてて現場に行ってみると、マーシシマイも宇宙人(中津川さん)もすでに消えていて、
「隊長、これはいったい、どういうことなんですか?」
 と隊員のひとりが質問すると、隊長は、
「バカヤロー! こんなことも、わからないのか! ヤツらは、宇宙のなにかを調査するために、天体観測をしていたんだ!」
 とこたえる――ということに、だいたい決まったのだけれど、中津川さんの宇宙人役はあくまでも暫定的なもので、ここの配役はほかの人でもとくに問題はないとわたくし倉間監督は思っていたので、中津川さんが執筆で忙しいようだったら、パピパピか男の事務員さんをどうにか引っぱってくると、とりあえず決めたのだった。
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