第29話

文字数 3,275文字


      その二十九

 二時間ほどファミスタをやっていたマミーさまは、その後発音のいい幕臣といっしょにどこかへ出かけていたのだけれど、謎の婦人が指揮を取るフーズフーズ相手に覚醒した我がカーズ打線が打者一巡の猛攻撃を加えていると、
「ええ、ほ、本日は、お日、お日、お日柄……」
 と吉野さんが向かいの椅子に腰かけてきた。
「どうです? 決心つきましたか?」
「せ、せ、せ、せっかくのお話なんですが……」
 赤いスーツをカチッと着て、IBCの会長に意欲的に接待をくり返してきたマミーさまは、その会長に、
「ボクの甥にまだ独身でいるのが、いましてね――」
 と縁談の相談をもちかけられるほど、こんにちでは信頼されているのだが、オムライスファミリーにゆかりのある独身女性のなかで「年齢的にもちょうどいいのでは」と最初に候補にあがったダイアンさんは、料理屋〈高はし〉で軽く相手に会ったすえに、
「いい人そうだったけど……ごめんなさい」
 ということになっていて、だからぼくはつぎの候補として、
「吉野さんを送り出してみますか」
「そうですね。あの謎の婦人のほうは、未婚なのかどうかも謎ですからね」
 と山城さんと決めていたのだった。
「すごくいいところに勤めてる真面目な青年だって、マミーさまはいってるよ。シエスタ商事って、いったかな? なんかそこで、もう係長とかになってるらしいんだよ。三十四歳。だめかい?」
「お相手の方の年齢はちょうどいいと思うんです。ですけどわたし、家計簿なんかもつけたことないし――やっぱり真面目な方っていうと、そういう女性を好むでしょうから。お相手の方は、どのようにおっしゃってるんですか?」
「それがね、かなり口べたな人なんで、おれたちも、どんな女性が好きなのか、イマイチつかみきれてないんだよ」
 三成さんというその真面目な青年とはじめて会見したとき、われわれはまずヘアーカタログを差し出す美容師のようにさまざまな女性のお写真をあちらにみせて、
「たとえば、このなかだったら、どの女性が、こうグッときますかね?」
 という感じでデータを取ってみたのだけれど、口べたな三成さんは、恐縮した面持ちでわれわれが提示した資料を吟味すると、
「こ、これです」
 とぼくが持参してきた紺色ビキニの管野啓子ちゃんをようやく指さしていて、ちなみにこの凡庸パンチは、
「こういうのをもっていると、お真亜姫にわるいんで……」
 という理由によりパピパピからおっつけられていたのである。
 提示した資料のなかにはキャンディーズや太田裕美ちゃんはもちろんのこと、山城さんもなぜか認めている香野百合子やふたたび土下座して撮らせてもらったキャミワンピ姿のあさ美さんなどもふくまれていたので、
「おれだったら、けっきょくこの子かなぁ、最終的には……」
 と四十前後の和服姿の松尾嘉代に見入っていたぼくはいよいよ三成さんの好みがわからなくなっていたのだけれど、アップの写真をみたときは、
「こっちもいいな……」
 とつぶやいていた三成さんも、じつはダイアンさんとの会食をおえると、
「うーむ……」
 と難色を示していて、凡庸パンチでビキニになっている管野啓子ちゃんは、ぼくにいわせれば、ちょっと痩せすぎということができるわけだから、もしかしたら三成さんは、ダイアンさんのあのむちむちしまくっているからだつきが、気に入らなかったのかもしれない。
 今回もガチガチだった吉野さんに、
「なんだ、お嫁にまだ行きたくないのかい?」
 ときくと、
「いいえ。野田にいる姉にもしょっちゅういわれますし、自分でも、そろそろなのかな、とは思ってるんですけど……」
 という感じだったので、ともかくぼくは、
「家計簿の精度はどれくらいのレベルを希望しているのか、三成さんサイドに確かめて、なるべく調整してもらうよ」
 と吉野さんにいって、まだ吉野さんを候補として留保しておいたのだが、このお見合いもふくめたあらゆることで、川上さんに相談にのってもらっているらしい吉野さんは、
「そういえば、川上さん、倉間さんに頼みごとがありそうな感じでした」
 というようなこともいっていて、まあこれは、たいへんお熱になっている三原民吾さんにかんして、またぞろアシストしてもらいたいことでもあるのだろう。
 お盆まえにいったんF島に帰っていた民吾氏は、先々週、ふたたびこちらに、
「今度もしばらくご厄介になります」
 と出向いてきていて、ちなみに北川たか子さんを手がかりとして単独で捜していたチャアリイ・サクラダは、玄米くんの、
「あっ! 表札に『チァーリー桜田』って書いてある。もしかしてチァアリイ・サクラダと同一人物かな?」
 という突撃訪問によって、あれからすんなりみつかっていたのだけれど、N地区の老朽化した集合住宅で余生を送っていたチァアリイは、金物屋で購入したと本人はいい張っていたが、とにかく〈マツザカケイコ〉のお子様ランチ皿と小どんぶりを用いてお昼を食べていて、『突撃、となりのお食事!』はそのまえの週に衝撃的な映像を流してしまって、しばらく生放送は自粛することになっていたのであるが、この件にかんしてはそれが功を奏しておかげさまでチャアリイと、
「マツケイの食器と、国分正一の銅像に、モザイク入れてあげますから。あの銅像、何年か前、盗難騒ぎありましたよね」
 と取り引きして、チャアリイが持ち逃げしたスマイリイ・オハラの遺作の原稿を、
「えっ、二万円で買ってくれるんですか!」
 と指揮棒とともに譲り受けることになっていたのだ。
 とはいえ、遺作の原稿にもとうぜん組み込まれているであろう肝心の暗号にかんしては第一人者の民吾氏をもってしても、
「これは、最後の大作だけに、より複雑に組み込まれていて、いつもの方法じゃ歯が立ちませんね」
 とのことらしく解読にはまだまだ時間がかかりそうで、遺作の原稿を手に入れてもう一ヶ月以上経つが、
「ここに、エマニエル坊やの百日天下が、組み込まれてますね」
 とだから事実上、まだ一つもまともな暗号は発見できていないのだけれど、ふたたびこちらに来た日の晩に、
「ねえ、民吾さん、あの子のこと、どう思いますか?」
 と川上さんに事前にたのまれていた質問をぶつけてみると、民吾氏は、
「ええ。わたしは、ああいうたぬき顔の女性は好きですよ」
 といっていて、しかし民吾氏はなんだか最後にはおなじくたぬき顔の藤原かおるさんばかりをほめている感じになっていた。
 三原民吾さんがぼくを介して藤原かおるさんと面識をもったのはたしかおととしの見合い話のときで、これは〈三原ホテル〉の番頭を長年務めている年配の人がまわりに後妻をそろそろもらえもらえといわれているうちに本人もどんどんその気になって実現した夢の共演なのだけれど、縁結びの才にめぐまれているかおるさんは、このときも成人している番頭の息子とものちのちもめないような境遇の後家さんをみつけてきていて、かおるさんの話が出たさいに民吾氏にその後のようすをうかがってみると、この後家さんと古株の番頭さんは、F島でけっこううまくやっているとのことだった。
 かおるさんが結んだいわゆる縁はたいていしあわせになっているらしく、だから色の白いあの子もきっとボウリング場を経営している家の道楽息子と休みの日にはショッピングにでも出かけてたのしくやっていやがるのだろうが、しかしそんなかおるさんも、まあこれは一種の事故なのかもしれないが、とにかく約三年ほど成就させつづけていた縁結びに最近失敗していて、
「なんだか、足をひっぱってしまったみたいで……すみませんでした」
 と玄米くんとふたりで藤原邸に謝りに行くと、
「いいのよ。相手のほうも、長い目でみれば、よかったかもしれないって、いってくれてるから。それにね、もっといい子、わたしじつは発掘しちゃったの。あのね、タイル屋さんの娘さんなんだけど、初期の河合奈保子ちゃんみたいに、ものすごく素直にお返事するのよ」
 とかおるさんは、すでにあらたな嫁さん候補をみつくろうために奔走していた。
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