第22話
文字数 2,410文字
その二十二
翌朝お玉さんに電話で呼び出されたぼくは、どうせ羽織袴のことだろうと思って、
「ほら、このとおり」
と和貴子さんに届けてもらった例のものに用意よく着替えてから店のほうに出向いたのだけれど、その格好にはいっさい触れず、
「三原さんは、もうお出かけになりましたよ」
とまずお茶を淹れてくれたお玉さんは「哲山さん、朝御飯あがります?」とこちらにきいたのちに、
「小学四年生の男の子が『おはようキッカーズ』の九巻をさがしてるんですけど、なんとか入手できません?」
というようなことをいっていて、なんでもその男の子はもう三回もこの店に来ているとのことだった。
「『おはようキッカーズ』って、たしか漫画本ですよね」
「ええ。そういってました」
「ウチ、漫画は取り扱ってないんだけどな……まあいいや、かわいそうだから、なんとかみつけてきますよ」
「その子に、そう伝えてもよろしいの?」
「うーん……うんうん、いいですよ。それくらい、みつけなくちゃね」
「おねがいします」
アパートに帰って羽織袴を脱いだぼくは、Tシャツ一枚という身なりにもどって、またぞろ天地小巻ちゃんの三枚目のアルバムを聴いていたのだが、『遠い夏』や『ミモザの花の咲く頃』などにあらためて感心していると、川上さんから、
「きょうのお昼、わたしと早川さんと三人で食べませんか?」
とおもいがけず吉報をもらって、昨夜の川上さんはあのあとさらにさらに目がとろんとなっていたので、
「早川さんに、例の男の事務員さんがらみのことで、いろいろききたいことがあるんです……」
と陳情したことはおそらくわすれているだろうと思っていたのだけれど、川上さんはこの件を“不良品パンツ”を三原さんのあたまにかぶせたりしながらもしっかり記憶してくれていたみたいで、
「早川さん、いろいろ知ってるようですよ」
とすでに段取りも整えてくれていたのだった。
川上さんたちとは支部からみていちばん近い〈マツザカケイコ〉で待ち合わせることになって、約束より若干早めに到着したぼくは夏服はどうかなと思って、いちおうまるポチの有無をチェックしたのちに、とりあえず「マツケイアイスコーヒー」をゆっくり飲んでいたのだが、
「あ、はやーい」
と向かいの椅子にすわった川上さんと早川さんは、ぼくに「なに食べます?」ときくと、
「じゃあ、わたしたちもそれで。ね」
「うん」
と「マツケイAランチ」を注文していて、きょうもウルトラの母のように髪を結っていた早川さんは、注文したあとも立札式のメニューにあった「マツケイデカシュー」のバニラビーンズ入りのやつを「なんかこれ、おいしそう」と手に取ってみていた。
この春からあの支部に勤めている早川さんは、
「こちらの先輩は、こんなかわいい後輩のことを『ガリガリくん』って、呼んだりするんですよォ」
と川上さんの脇腹のあたりを、まるで肉づきを確かめるようにさわっていたが、
「だって、こんなに痩せてて、ガリガリくんじゃない」
といって、それはアイスでしょう、とさらに脇腹を揉まれていた川上さんは「あっ!」という顔をしたのちに、
「倉間さんは、むちむちした女の子が好きなんですよねー」
といくら食べても太らないらしい早川さんに勝ち誇ったような顔をオーバーにみせていて、それでそんなことをしているうちに「マツケイA定食」がはこばれてきて、
「いただきまーす」
とおのおの食べだすと、しばらくは支部の上司のことなんかを、
「課長の奥さん、また出てっちゃったんだって」
「えっ、ヤダー」
としゃべっていたのだけれど、すでに川上さんから事情を聞いている早川さんはそのうち男の事務員さんに交際している女性の写真をみせてもらったけれど、なんとなく性格はわるそうだったうんぬんと話しだしていて、
「その女性を部屋に招くさいに、大掃除したとか、汚れてるものを処分したとか、そんなこと、いってなかったかな?」
ときいてみると、早川さんは、
「いってました。なんか『ジュニぶら』をリサイクルショップに売ったとか、あとなんだったかな……あっ、建て付けのわるい本棚とか小さいタンスも処分して、ホームセンターでコロ付き収納ケースと三段カラーボックスを買ったって、いってましたね。自分で組み立てたこと、自慢してましたもん」
とわれわれにとってはほぼ決め手の証拠となるようなことも――あの相談室でのやり取りはKの森新聞の日曜版に匿名で掲載していて守秘義務そのものがたぶんない(?)も同然なので――すぐおしえてくれた。
会計のさいにお持ち帰り用の「マツケイチビシュー10個パック」を二セット買ったぼくは、
「バニラビーンズ入りのデカいシュークリームと味はけっきょくおなじみたいだよ」
とふたりに持たせたのだが、
「すみませーん、お土産までもらっちゃって。ごちそうさまでした~」
と支部にもどっていったふたりとわかれたあと、しばし軽トラの荷台に寄り掛かって腕を組んでいたのは、女性とのナニを夢見る男の事務員さんのある種のひたむきさにいわゆる“情け”が生じていたからで、英光ご老公が不法投棄の犯人にたいして、どれほどの処罰をあたえようとしているのかを再確認しようと思って山城さんに電話してみると、
「あっ、倉間さん、やっぱりテレビ観てましたかぁ!」
と山城さんはいきなりいってきたけれど、こちらが、
「いや、観てないですけど」
とこたえると、山城さんはKの森テレビの『突撃、となりのお食事』で、いま男の事務員さんが突撃されたんですよぉ、とはしゃいでいて、
「畳の色がそこだけ若いところがありましたから、やっぱり男の事務員さんは汚い家具とかを交際相手にみられるのが嫌で、あの子ども用タンスをご老公の畑に捨てたんですね!」
と昂奮していた山城さんは、番組は録画してあるので、時間があったら、いますぐにでも観に来てくださいよぉ、ともぼくに呼びかけていた。