第94話

文字数 804文字

今の心境を敢えて述べるならば、とっても不安ということになるだろうか

ここは、ガラスの部屋というメタバースのプラットフォーム

ガラスの壁にガラスの床が地平線まで果てしなく続いている

そしてガラスの棚には美しいバカラや奇妙なガラス細工が並んでいる

こんなところにほんとうに推しメンは来るのだろうか

明け方近く推しメンから突然dmがきた

「逢いたい。メタバースでの逢瀬ならば恋愛禁止条例に抵触しないから」

それはそうかもしれないのだけれど、そのかわり手をにぎることも出来ないし、キスも出来ないねとボクはすぐさまリプライしたけれど、返事はもうこなかった

いや、だいぶ話を盛ってしまった、プライベートなどアイドルにはないのだから、彼女たちが恋愛のエビデンスとなるテキストを残すはずもない

dmも完全に監視されているし、誰に覗かれているかわかったものじゃない

酷い事務所になると炎上狙いで週刊誌にネタを流すらくらいだ

なので、とにかくボクは天にも昇るようなうれしさに衝動的に、話を盛ってしまったけれど、彼女からガラスの部屋のアドレスがdmで送られてきたことは嘘偽りのない事実だった

たしかガラスの動物園という小説があったっけ、などと思いながら、この意味を考えた

つまり彼女はひとことも会いたいなどと仄めかしたりしていない

アバターだから本人があの誰もが知っているアイドルなんてわかるはずもない

ただ、わからないのは自分も同じことで、数多のアバターの中から彼女を特定するにはどうしたらいいのか、それが心配だったし、同様に彼女も僕を特定するのは難しいのではないか


しかし、それもきっと杞憂に過ぎないのだろうと思ってはいた、というか、もっと心配なことがあるからだった

つまり、彼女がメタバースで会いたいというのは、とどのつまり、リアルでは決して会うことはない、そういうことなのだろう

そのことがはっきりとわかり、美しく冷たいガラスの世界でボクはひとり、愕然とした
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