第99話

文字数 1,190文字

今年も金魚売りのおじさんが村にやってきました

風に乗っておじさんの呼び声が切れ切れに聞こえてきます

金魚、金魚やーい

アンジュは待っていましたとばかりに、声の方へと一目散にかけだしました

石垣のある大きなお屋敷の前をゆったりとした足どりでおじさんは歩いていました

やっぱり去年来たおじさんでした

おじさんの担ぐふたつの桶の中には、見たこともないような色合いの美しい金魚が気持ちよさそうに泳いでいました

アンジュは走ってきたので、ハーハーしていましたが、それでもおじさんに一刻も早く訊きたいと思い、急いで喋ろうとして少し咳き込んでしまいました

どうしたの、そんなに走って、金魚は逃げやしないよ


ああ、おじさんよかった、ずっとこの日を待っていたんです

ということは、去年の金魚はみんなだめになっちゃったのかい?

いいえ、そうではないんです、その逆なんです

え? お嬢ちゃん、どういうこと

あ、おじさん、去年もいいましたけれど、お嬢ちゃんではありません、こんなに髪を伸ばしているからあれなんですけれど

あ、そうか、それで思い出した、ごめんね、ぼくちゃんだった

いや、そのぼくちゃんと呼ばれるのもちょっと違和感がなきにしもあらずなのですが

はい?

いえ、ちょっと複雑なので、それはまた今度

で、おじさん、申し訳ないのですが、おじさんに家の金魚を見てほしいのです


どうしたの?
病気かなにかかい?

いいえ、そうじゃなくて、おじさんから去年買ったうちの金魚、最初は金魚鉢に入れておいたんですけれど、そのうちの一匹がどんどん大きくなって、仕方ないので池に移したのです

でも、今ではもう鯉よりも大きくなってしまって


これ以上大きくなったら、池でも飼えません、どうしたらいいんでしょう、それが訊きたくって

ああ、そういうことね
まずやってはいけないことから話すと、金魚は川には絶対に放流しないこと、金魚は自然界では生きられないんだよ、環境の変化についてはいけないし、たとえ適応できたとしても、鳥なんかの外敵に食べられてしまう、目立つし泳ぎが遅いからまず逃げらない


そうなんですね、ああよかった、これ以上大きくなってしまったら用水路とか川に流そうかと思ってました

金魚売りのおじさんは、うんうんとうなずくと

きっとその金魚は、金魚の神様だから、手を合わせて「もとのみくらにおかえりください」と言葉にしながらお祈りしてあげるといい


はい?


言葉は、言霊といって神秘の力を秘めているんだよ、なので大きな声でなくていいから、金魚に向けて言葉として発声すること

「もとのみくらにおかえりください」ですね?

そう、その金魚は、それで天に帰ってゆくよ

あ、ありがとうございます

まあ、信じられないだろうけれど、やってみて


おじさんは、にこやかに笑いながらそういうと、また桶をゆらゆらと揺らしながら、ゆっくりゆっくりアンジュの前から遠ざかっていきました

金魚やーい、金魚

金魚やーい、金魚
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