第71話
文字数 3,051文字
その日もチャコは、青とか白とかのペンキがはげ落ちて、ぼろぼろにくち果てたような、小さな小さな灯台にやってきて、お父さんとお母さんがいるという、遠くかすむ、海と空がまじわる水平線を眺めていました。
この灯台は、昔の郵便ポストがそうだったように、こんもりとした台座に、ちょこんと建物がのっかっているのでした。その台座には、青々とした苔がびっしりと生え、ベルベットみたいに、やわらかく光をはね返していました。
もちろん、この灯台は、ほんものの灯台ではありません。チャコが、勝手にそう呼んでいるのでした。
ほんものの灯台も、たしかに岬の突端にありましたが、チャコには、灯台がほんものか、にせものかなんてまったく気になりませんでした。というか、そんなことは一切関係ありませんでした。
灯台は、チャコの思い通りに、飛行船になったり、気球になったり、あるいは、人工衛星になったりと、とにかくなんにでもなりましたから。
きのうは、たしか潜水艦でした。チャコは、ビートルズのイエローサブマリンをハミングしながら、世界一深いといわれている、マリアナ海溝をぐんぐん潜っていったのでした。
チャコは、ここにくるときに通り抜けてきた、ブナの森の近くでひろったセミの脱け殻を、左のポケットからひとつ、右のポケットからもひとつ大切そうに取り出して、小さなまあるいテーブルのうえに置きました。
この灯台には、遊園地にある、あのコーヒーカップの丸いハンドルみたいなテーブルがあるのです。いつだったか、チャコが、文字通りコーヒーカップに乗っているつもりになって、ぐりんぐりんハンドルを回していたら、ついに、ベイゴマみたいになったコーヒーカップは、ざぶんと海へ落ちてしまったのでした。
あのときは、おもしろかったなあとチャコは、想い出し笑いしながら、セミの脱け殻をじっと見つめます。
友達のなかには、昆虫が苦手で、さわることすらできない子もたくさんいましたが、チャコは嫌いではありませんでした。
オスはお腹の先がぷっくりと、ふくらんでいるだけですが、メスには細いミゾのついた部分があることも、知っていました。
セミを横向きにしてみると、なんだかバルタン星人に似ているなとチャコは、思いました。
ほんとうのところ、ここは展望台とでもいうのでしょうか。海を眺めることのできるちょっとした東屋でしたから、ドアはなく、チャコが閉じ込められたり、また中に、はいれなくなることもありませんでした。
その眺めのよさといったら、たぶん、ここからも見えるあのほんものの灯台に、負けないくらい、見晴らしがいいにきまってると、ほんものの方には、入ったこともないので、比べようもないのですが、チャコは、そう思っていました。
チャコが、セミの脱け殻からふと目をあげると、右手に伸びている岬のずっとずっと向こうの空が、灰色の雲におおわれていました。そして、その雲は、みるまに勢力をましぐんぐんと広がって、こちらに近づいてきます。
チャコは、もちろん、太陽がさんさんと輝く、ピーカンの日が一等好きでしたが、嵐の日も好きでした。
去年の秋に台風が来たとき、チャコは、こっそり窓のサッシと雨戸を少しだけ開けて、ふとんをかぶり荒れ狂う台風の様子を、ドキドキしながらみつめていました。
雨や風が、吹き込んできますから、ほんの少しだけの隙き間からのぞくのです。そして、その上、頭からふとんをかぶっていましたから、それはほんとうに、怖いもの見たさで覗くというのがピッタリな表現でした。
そこには、いつもとはちがう別世界がありました。ゾクゾクするような、なにか胸さわぎがするような、胸のたかなりがとまらない、そんな不思議な魅力がありました。
でも、その反面、チャコはまだ自分が小さいのに、日常的でないこんな怖いものにあこがれてしまうなんて、どんな大人になってしまうんだろうと思い、そんな心配から小さな胸を痛めてもいたのです。
いつのまにか空全体が黒い雲におおわれ、夕方みたいに暗くなってしまいました。海も雲を映して灰色に染まっています。
やがて、さっきまでふいていた風がぴたりとやんでしまい、チャコは、さあいよいよくるぞ、と思いました。
すると、思ったとおり、ぽつり、また、ぽつりと雨粒が落ちてきました。そして、サーッという音とともに雨は一気に降りはじめました。乾いていた大地から立ち昇る湿った土の匂いや、草の青い匂いがしました。
チャコは、海に降る雨を見るのが好きでした。けれども、きょうは、ちょっとばかし雰囲気がちがっていました。
雨足が強い、ではなく、激しいのでした。土砂降りです。海は、もう白くけむって、はっきりとは見えないほどでした。
チャコは、これだけ激しく降る雨を見たことがありませんでした。それは、まるで壁のようでした。
チャコは、白い壁にすっぽりとおおわれてしまったみたいな気がしました。
すると、チャコの耳に、ある歌声が聞こえてきました。チャコの大好きなボサノバの曲でした。
チャコのおばあちゃんは、若い時から演歌とかが嫌いなハイカラな人で、ジャズとかボサノバ、フォルクローレといった外国の音楽を愛していたのです。おばあちゃんは、ことにボサノバが好きでした。
ですから、いつも、家のなかではボサノバが鳴っている、そんな環境のなかでチャコは育ったのでした。
いま、チャコの頭のなかで鳴りだしたのは、「コルコバード」というボサノバの曲でした。ちょっと前までは、「おいしい水」というのが、チャコのお気に入りでしたが、いまは断然「コルコバード」が好きでした。
この曲は、リオデジャネイロを睥睨し、守護する、巨大な白い聖像が立つ丘のことを歌っているようなのですが、チャコが、おばあちゃんに、どんなことを歌っているの? と聞いても、おばあちゃんは、首を振って、チャコ、歌詞は関係ないの、こころで聞きなさい。というのでした。
「チャコがね、大きくなって英語とかポルトガル語とかがわかるようになっても、言葉にとらわれてはいけないの。もちろん、言葉は大切よ。でもね、それだけじゃないの。もっともっと深いものが、そこにはかくされているのよ」おばあちゃんは、そういいました。
チャコはなぜまた、こんな嵐のときに、コルコバードが頭のなかでなりだしたのかと不思議に思いましたが、考えたってわかるはずもないので、やめときました。
ふたたび、チャコは、空を見あげます。
お空が泣いている。
そう思いました。
きっとお空も哀しいことがあるんだね。
わたしも、哀しいときには思いっきり泣くもん。
わたし、ほんとうは、知ってるんだ。
お父さんとお母さんは、もうこの世にはいないんだって。
だから、もう二度とあえないって知ってるもん。
涙がひとしずく、チャコの目からあふれだし、頬をつたっていきます。
すごく哀しいことがあったんだね?
そうでしょ、お空さん。
いつの間にか、雨足は弱くなり、空もだんだん明るくなってきました。
海は、激しく降った雨を物語るように、白くもやっています。
しばらくすると、その海の上に、雲の切れ間からお日さまの光が幾条も落ちてきて、それはそれは神々しい眺めへとかわっていきました。
「わあ、きれい」
チャコは、笑顔になって、ほっとひとつ溜め息をつきました。
やさしい海風が、チャコのばら色の頬をなぶっていきます。
すると、テーブルの上でセミの脱け殻が、カサカサッと鳴りました。
この灯台は、昔の郵便ポストがそうだったように、こんもりとした台座に、ちょこんと建物がのっかっているのでした。その台座には、青々とした苔がびっしりと生え、ベルベットみたいに、やわらかく光をはね返していました。
もちろん、この灯台は、ほんものの灯台ではありません。チャコが、勝手にそう呼んでいるのでした。
ほんものの灯台も、たしかに岬の突端にありましたが、チャコには、灯台がほんものか、にせものかなんてまったく気になりませんでした。というか、そんなことは一切関係ありませんでした。
灯台は、チャコの思い通りに、飛行船になったり、気球になったり、あるいは、人工衛星になったりと、とにかくなんにでもなりましたから。
きのうは、たしか潜水艦でした。チャコは、ビートルズのイエローサブマリンをハミングしながら、世界一深いといわれている、マリアナ海溝をぐんぐん潜っていったのでした。
チャコは、ここにくるときに通り抜けてきた、ブナの森の近くでひろったセミの脱け殻を、左のポケットからひとつ、右のポケットからもひとつ大切そうに取り出して、小さなまあるいテーブルのうえに置きました。
この灯台には、遊園地にある、あのコーヒーカップの丸いハンドルみたいなテーブルがあるのです。いつだったか、チャコが、文字通りコーヒーカップに乗っているつもりになって、ぐりんぐりんハンドルを回していたら、ついに、ベイゴマみたいになったコーヒーカップは、ざぶんと海へ落ちてしまったのでした。
あのときは、おもしろかったなあとチャコは、想い出し笑いしながら、セミの脱け殻をじっと見つめます。
友達のなかには、昆虫が苦手で、さわることすらできない子もたくさんいましたが、チャコは嫌いではありませんでした。
オスはお腹の先がぷっくりと、ふくらんでいるだけですが、メスには細いミゾのついた部分があることも、知っていました。
セミを横向きにしてみると、なんだかバルタン星人に似ているなとチャコは、思いました。
ほんとうのところ、ここは展望台とでもいうのでしょうか。海を眺めることのできるちょっとした東屋でしたから、ドアはなく、チャコが閉じ込められたり、また中に、はいれなくなることもありませんでした。
その眺めのよさといったら、たぶん、ここからも見えるあのほんものの灯台に、負けないくらい、見晴らしがいいにきまってると、ほんものの方には、入ったこともないので、比べようもないのですが、チャコは、そう思っていました。
チャコが、セミの脱け殻からふと目をあげると、右手に伸びている岬のずっとずっと向こうの空が、灰色の雲におおわれていました。そして、その雲は、みるまに勢力をましぐんぐんと広がって、こちらに近づいてきます。
チャコは、もちろん、太陽がさんさんと輝く、ピーカンの日が一等好きでしたが、嵐の日も好きでした。
去年の秋に台風が来たとき、チャコは、こっそり窓のサッシと雨戸を少しだけ開けて、ふとんをかぶり荒れ狂う台風の様子を、ドキドキしながらみつめていました。
雨や風が、吹き込んできますから、ほんの少しだけの隙き間からのぞくのです。そして、その上、頭からふとんをかぶっていましたから、それはほんとうに、怖いもの見たさで覗くというのがピッタリな表現でした。
そこには、いつもとはちがう別世界がありました。ゾクゾクするような、なにか胸さわぎがするような、胸のたかなりがとまらない、そんな不思議な魅力がありました。
でも、その反面、チャコはまだ自分が小さいのに、日常的でないこんな怖いものにあこがれてしまうなんて、どんな大人になってしまうんだろうと思い、そんな心配から小さな胸を痛めてもいたのです。
いつのまにか空全体が黒い雲におおわれ、夕方みたいに暗くなってしまいました。海も雲を映して灰色に染まっています。
やがて、さっきまでふいていた風がぴたりとやんでしまい、チャコは、さあいよいよくるぞ、と思いました。
すると、思ったとおり、ぽつり、また、ぽつりと雨粒が落ちてきました。そして、サーッという音とともに雨は一気に降りはじめました。乾いていた大地から立ち昇る湿った土の匂いや、草の青い匂いがしました。
チャコは、海に降る雨を見るのが好きでした。けれども、きょうは、ちょっとばかし雰囲気がちがっていました。
雨足が強い、ではなく、激しいのでした。土砂降りです。海は、もう白くけむって、はっきりとは見えないほどでした。
チャコは、これだけ激しく降る雨を見たことがありませんでした。それは、まるで壁のようでした。
チャコは、白い壁にすっぽりとおおわれてしまったみたいな気がしました。
すると、チャコの耳に、ある歌声が聞こえてきました。チャコの大好きなボサノバの曲でした。
チャコのおばあちゃんは、若い時から演歌とかが嫌いなハイカラな人で、ジャズとかボサノバ、フォルクローレといった外国の音楽を愛していたのです。おばあちゃんは、ことにボサノバが好きでした。
ですから、いつも、家のなかではボサノバが鳴っている、そんな環境のなかでチャコは育ったのでした。
いま、チャコの頭のなかで鳴りだしたのは、「コルコバード」というボサノバの曲でした。ちょっと前までは、「おいしい水」というのが、チャコのお気に入りでしたが、いまは断然「コルコバード」が好きでした。
この曲は、リオデジャネイロを睥睨し、守護する、巨大な白い聖像が立つ丘のことを歌っているようなのですが、チャコが、おばあちゃんに、どんなことを歌っているの? と聞いても、おばあちゃんは、首を振って、チャコ、歌詞は関係ないの、こころで聞きなさい。というのでした。
「チャコがね、大きくなって英語とかポルトガル語とかがわかるようになっても、言葉にとらわれてはいけないの。もちろん、言葉は大切よ。でもね、それだけじゃないの。もっともっと深いものが、そこにはかくされているのよ」おばあちゃんは、そういいました。
チャコはなぜまた、こんな嵐のときに、コルコバードが頭のなかでなりだしたのかと不思議に思いましたが、考えたってわかるはずもないので、やめときました。
ふたたび、チャコは、空を見あげます。
お空が泣いている。
そう思いました。
きっとお空も哀しいことがあるんだね。
わたしも、哀しいときには思いっきり泣くもん。
わたし、ほんとうは、知ってるんだ。
お父さんとお母さんは、もうこの世にはいないんだって。
だから、もう二度とあえないって知ってるもん。
涙がひとしずく、チャコの目からあふれだし、頬をつたっていきます。
すごく哀しいことがあったんだね?
そうでしょ、お空さん。
いつの間にか、雨足は弱くなり、空もだんだん明るくなってきました。
海は、激しく降った雨を物語るように、白くもやっています。
しばらくすると、その海の上に、雲の切れ間からお日さまの光が幾条も落ちてきて、それはそれは神々しい眺めへとかわっていきました。
「わあ、きれい」
チャコは、笑顔になって、ほっとひとつ溜め息をつきました。
やさしい海風が、チャコのばら色の頬をなぶっていきます。
すると、テーブルの上でセミの脱け殻が、カサカサッと鳴りました。