罪と罰 Ⅴ

文字数 2,979文字

 月の光が降り注ぐ闇の中を、ガウェインは疾駆していた。
 砦の内部はガウェインが想像していた以上に広かった。兵舎や倉庫が建ち並び、一歩間違えれば袋小路に入ってしまいそうだった。
 デルーニ兵に見つからないかという焦りが、ガウェインたちを急き立てる。全員が一心に脚を動かしていた。
 目標である塔に到着すると、デュマリオが周囲を警戒する。さすがに潜入されているとは思っていないようで、歩哨はいないようだ。デュマリオが指示を出すと、ふたりの傭兵が呪文を唱える。
 ガウェインはブロードソードの柄に手を掛けた。不気味なほどの静寂が、これから起こることを暗示している気がしている。思わずガウェインは息を呑んだ。
炎灼焦怒(アツュンデン)
 ごうっという音と共に、火が上がる。初めは小さかった火が徐々に大きくなり、あっという間に塔を覆うほどの火柱と化した。塔に翻るアフタマート青年同盟とマーナガルム傭兵団の軍旗を燃やし、やがて塔が焼けて崩れ落ちる。
「貴様ら、何をしている⁉」
 事態に気づいたデルーニ兵が駆けつけてきた。その数は十人。ガウェインたちの姿を見るや、デルーニ兵たちは狼狽したような顔になる。
「人間…⁉」
 デルーニ兵が声をあげた瞬間、ランスロットが一足飛びで間合に踏み込んだ。双剣のアロンダイトが光る。血飛沫が噴き、デルーニ兵の悲鳴が響く。
「く…! ギリング様にお知らせし…」
 デュマリオが飛び込むと同時に、シミターを振るった。ひとりのデルーニ兵の腕が宙に舞う。
 ガウェインも他の傭兵と共にブロードソードを抜き、デルーニ兵に襲い掛かった。まずひとり、上から下へ剣を振り下ろす。確かな手ごたえがガウェインの手に伝わる。脳天を断ち割られたデルーニ兵が、地に崩れ落ちた。
 門のほうからも喊声が聴こえてきていた。方々からデルーニ兵が現れて、混沌とした状態になっている。
「当初の目的は達した。門のほうへいくぞ。まずは味方と合流する」
 集まってきたデルーニ兵を片づけてから、ガウェインたちはデュマリオを先頭に駆け出した。なるべくデルーニ兵のいない倉庫群の脇を通り抜ける。
「門を開ければ、ヘイムダル傭兵団が突っ込んでくる。そうすればこの戦いもおおよその決着がつく」
 駆けながらランスロットが言った。しかしガウェインはそれで終わりと思えなかった。まだ、シャールヴィ・ギリングがいるのだ。あの男を倒さない限り、この戦いは終わらない。ガウェインはそれを確信していた。
 デュマリオが不意に足を止めた。倉庫脇の通りが行き止まりになっている。あとは転進して大通りに出るしかないが、そこにはデルーニ兵が溢れている恐れがあった。
「仕方がない、いくぞ」
 迷うことなくデュマリオは大通りに出た。意外にもデルーニ兵の姿はなかった。塔のほうと門に集中しているのだろう。すぐさま門のほうへと駆け出した。
 門に近づくにつれて、喊声が大きくなってくる。かなりのデルーニ兵が集まっているようで、まだ門は開かれていなかった。門を開ける二十人の傭兵が奮戦している。
「よし、囲んでいるデルーニ兵を後ろから急襲するぞ!」
 デュマリオを先頭に、二十人を囲んでいるデルーニ兵を後方から攻撃する。後ろからの襲撃で不意を打たれたデルーニ兵は慌てふためていた。
「門を開けろ。味方を呼び込め‼」
 デュマリオが叫ぶと、十人ほどが動き出す。その間、残る二十人で門に集まっているデルーニ兵を押さえるのだ。
 ガウェインも懸命にブロードソードを振るった。門を開けなければここにいる三十人は全滅である。幸いにもデルーニ兵の装備は整っていない。横で次々とデルーニ兵を斬り伏せるランスロットに勇気づけられたガウェインは、負けじとひとりふたり、デルーニ兵を打ち倒していく。
 デュマリオが傭兵三人に命じて、魔法を使った。光のマジックミサイルで、味方を避けて、敵に必中する魔法である。その魔法により、門周辺のデルーニ兵をかなり掃討することに成功した。
 砦の門がゆっくりと開く。歓声があがってしばらくすると、騎馬隊を率いるエジルがいの一番に乗り込んできた。
「エジル殿。お早いですね」
 ランスロットが声を掛ける。慇懃な仕草で頭を下げたエジルは、すぐにランスロットのための馬を曳いてきた。
「我ら先発隊は潜入部隊と合流し、本営の制圧を任されています。後続の部隊が武器庫、兵糧庫を制圧し、本隊がデルーニ兵を掃討する手はずになっております。急ぎましょうか。デュマリオ殿、僭越ながら案内をお願い致します」
「わかった」
 デュマリオのための馬も曳かれてきた。ランスロットとデュマリオが馬に乗る。徒歩(かち)で駆け出そうと前を向いたガウェインに、ランスロットが手を差し出してきた。
「ガウェイン、後ろに乗れ」
 頷いたガウェインは、ランスロットの後部に飛び乗った。デュマリオが先頭を行き、騎馬隊が駆け出す。
「シャールヴィ・ギリングは本営にいる。奴の首を獲る最後の好機だ」
 ランスロットが言った。ランスロットの腰にしっかりつかまりながら、ガウェインは背中越しに言葉を交わす。
「どうしてそれがわかるんだ?」
「あらかじめ調べてある。ぬかりはない」
 方々から集結しつつあるデルーニ兵が、行く手を遮る。それでもデュマリオは速度を緩めることなく、デルーニ兵を蹴散らした。
 通路の先に二つ連ねの大きな兵舎が見えて来た。それが本営である。しかし、本営に至る路を塞ぐように、三十人ほどの集団が立ち塞がっている。集団の真ん中を、デュマリオが指差した。
「シャールヴィ・ギリング!」
 愛用のハルバードクレッセント・ピュサールを携えて、シャールヴィは立っていた。騎乗する余裕はなかったのか、徒歩(かち)である。全身から刺すような殺気を放ち、ガウェインたちを睨み付けている。
「鼠どもがこそこそ這いまわって、余計な真似をしてくれたようだな。だが、お遊びはここまでだ。貴様ら全員、ここで肉塊に変えてやる!」
 シャールヴィがピュサールを両手で振り上げる。シャールヴィが低く呪文を呟く。シャールヴィの周囲に、地のマナが満ちていく。
「いけません!」
 エジルがそう言った瞬間、シャールヴィはピュサールを地面に叩きつけた。
地爆撃砕波(ヴァント・べーベン)‼」
 大地の励起と共に、衝撃波が扇状に拡散される。馬もろとも衝撃をまともに喰らい、ガウェインたちは地面に投げ出された。土煙があがり、ガウェインたちの安否は窺えない。
シャールヴィが放ったのは地属性のエンチャント攻撃である。呪文詠唱後の隙を補おうと、シャールヴィの麾下が前へ出た。
「おい、これで終わりじゃねえぞ。本当の地獄はここからだ」
 硬直から回復したシャールヴィがピュサールを構える。少しずつ土煙が晴れていく。それでも、反応はない。
 土煙が完全に晴れようという時、突如閃光と共に光の矢が発生し、デルーニ兵のひとりが倒れた。心臓に穴が空いている。さらに二つの光の矢が、デルーニ兵を撃つ。
 飛び出してきたのは、ランスロットとエジルだった。それをデルーニ兵が迎え撃つ。シャールヴィが雄叫びをあげた。
「来い、ごみ虫共! 血祭りにあげてやる‼」
 よろよろと立ち上がったガウェインは、周囲を見回した。デュマリオは無事だが、シャールヴィの攻撃でそのまま死んだ兵もいた。
 ガウェインは腰のブロードソードを抜く。月光のもとに、白刃が翻る。
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