白日 Ⅵ

文字数 1,612文字

 ランスロットの冷たい眼が、ゲッツを射抜く。断罪の刃であるアロンダイトの切っ先は、しっかりとゲッツに向けられていた。
 ゲッツはしっかりとランスロットを見据えた。ここで散るのならば、それも運命(さだめ)だ。そうして、皆死んでいったのだから。
「お前の言う通り。俺の名はフェリックス・ゴットフリート・ベルンバッハ。あの忌まわしきマラカナンの惨劇で、兵を指揮して無抵抗の市民を虐殺し、その後に部下であった兵たちを口封じのために皆殺しにした大罪人だ」
 結局、ゲッツは罪から眼を背けて生きてきた。勝利こそが報いだと思うことで、自分の罪を肯定しようとしたのだ。だが、罪は消えなかった。ガウェインの手に掛かったシャールヴィのように、いつかは終わりがくる。ゲッツにはランスロットのアロンダイトが、命を刈り取る死神の刃のように見えていた。
 葬られた命が、冥界で待っているだろう。暗く澱んだ瞳でゲッツを見つめ、恨みの言葉で自分を苦しめるだろう。それは仕方がない。人のささやかな営み、小さな幸せ、ふとした笑顔、それらを奪って、ゲッツは生きているのだから。
「もはや生きている価値もない。お前に言われて悟ったよ、自分が何をすべきなのかを。だから、殺せ。俺を! ひと思いに殺してくれ‼︎ それですべての憎悪が消えるなら、俺は喜んで死ぬ。あの世で、デュウェインに謝ろう。兵たちに詫びよう。どんな報いも受け入れると‼」
 ゲッツの双眸から、涙が溢れていた。それはとめどなく流れ、顎の先からしたたり落ちる。床に点々と、涙が溜まりを作る。
 ランスロットがゲッツに歩み寄る。ゲッツは微動だにしない。己の運命と、罪を受け入れたのだ。これが、ゲッツの最期の覚悟だった。
「ひとつだけ聞かせろ。ガウェインの父親のことだ。さっき口にしたデュウェインというのは、ガウェインの父親のことか?」
「ああ、そうだ。デュウェイン・シュタイナー。臨時徴兵で兵となり、俺の部下になった。ドムノニア州ディジョン郡サリー村の出身。牧場と小さな畑を持ち、ガウェインという名の長男と、三人の子供、そして妻と母がいると言っていた。間違いないだろう。俺は…、俺はあいつの父親をもこの手で葬ったんだ」
 まだゲッツの眼からは涙が零れている。抱え続けてきた罪の意識が、堰を切ったように口をついて出る。教会で己の罪を懺悔する咎人のように、ゲッツの言葉は止まらなかった。
「あいつには、言えなかった。俺がお前の父親を殺したのだと…‼ ただ、ただガウェインには、生きてほしかった。敵討ちなど、デュウェインは望んでいない。お前の幸せだけを願っていると、そう伝えたかったのだ」
 膝から崩れ落ちたゲッツは、床に手をついた。枯れることのない涙が、嗚咽と共に漏れる。背負っていたものが、あまりにも大きすぎた。誰かの支えもなく、孤独に抱え続けていたのだ。フォルセナ戦争が終わり、退役して自由に戦っても、心は晴れないままだった。傷痕は心に抉り込まれ、ゲッツに苦痛を与えてきたのだ。
 ゲッツを見降ろしたランスロットが、アロンダイトを連結剣に持ち替えた。すでに殺気は放たれていない。復讐の炎も、消え失せていた。
「いいだろう。あんたがそう言うなら…。罪を悔いて、自ら斬ってくれと望むなら…」
 踵を返すように、ランスロットがゲッツに背を向けた。
「一生、苦しめばいい。良心の呵責に苛まれ、未来永劫、罪を背負いながら、生きていけばいい。それが、俺があんたに下す罰だ」
 はっとしたゲッツは、顔をあげた。ランスロットの背が語る。生きろと、苦悶の生涯を送れと。
 ぎゅっと拳を握り締めたゲッツは、呻き声をあげた。
「すまない…、すまない。俺は…」
 声にならない叫びが、室内に木霊する。消えない罪。癒えない傷。奈落よりももっと深くゲッツの心に刻まれたそれは、ゲッツが生き続ける限り纏わりつく。
 泣き続けるゲッツは、ひたすら謝罪の言葉を述べる。
 帰らぬ命に向かって。

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