凶刃 Ⅵ

文字数 1,989文字

 馬蹄と共に土煙が舞い上がる。高く上がった土煙は、風に吹かれて消えていく。
 陽光が照らす原野で、騎馬隊が教練に励んでいる。隊列を維持したまま、まるで一匹の生き物のように動き回る。
 高台の上から騎馬隊の教練を見つめているのは、シャールヴィ・ギリングだった。戦場での狂的なまでの暴れぶりとは裏腹に、どこか落ち着いたような印象さえ見受けられる。
「相変わらず見事な騎馬隊だな。美しささえ感じられる動きだ」
 シャールヴィの背後から声を掛ける者があった。逆立った黒い髪を持つ長身の男。この男がマーナガルム傭兵団を率いる団長、アルファード・ヴィニシウスだった。
 アルファードが現れると、二人分の折りたたみ椅子が用意された。アルファードが椅子に腰掛けると、シャールヴィも腰を下ろして腕を組んだ。
「先の戦いから、お前の息子のロディも出撃しているようだな。どうだ、活躍ぶりは?」
「駄目だな。この間の戦いでも、あいつのせいでウォルターが上手く兵を動かせなかった。ヘイムダル傭兵団を潰滅させられなかったのは、ロディの野郎のせいだ。次にやらかしたら、歩兵に落とす」
「相変わらず厳しいな。少しはいいところも見てやれ」
 たしなめるように言うアルファードだったが、シャールヴィは不満そうに鼻を鳴らした。そうしながらも、しっかりと眼下の騎馬隊の動きを捉えている。
「ロディはいい兵になった。子どもの頃から見ていたが、見違えるほどに成長した。剣の腕も、馬の操り方も、同じ年代の兵より群を抜いている。お前の背中を見て、追い付こうと必死に修練に励んできた成果が表れている」
 それでもシャールヴィは不満げな表情を隠さなかった。
「それで、そろそろ攻撃は決まったのか。こちとら早く戦場に出たくてうずうずしているところなんだがな」
 息子の話はもういい、と言わんばかりに、シャールヴィが話題を変えた。
「ここへきて、アフタマート青年同盟が少し尻込みをしつつある。アースガルド中央議会から正式な使者が来て、騒動を収めて兵を退かなければ、厳罰に処すとの通告を受けたそうだ。エグモントの一族も捕らえられ、身柄をミッドガルドに送られたという」
「ふん、それなら早く目的を達成する必要があるな」
「ああ。だが我々の兵力だけでは、ブライトナー軍と渡り合うことは出来ても、ゲルニカを奪るのは不可能だ。どうしてもアフタマート青年同盟の兵力はいる」
 見張り台は本来、冒険者(レンジャー)や旅人、行商、隊商などの休憩所として設けられたものである。木製、あるいは石造りになっており、頂上の輝石台に火を灯せば、魔物除けになるというものだ。
 しかしアピナス郡のゲルニカの見張り台は砦並みの規模を持ち、その位置からいっても、軍事的に重要な意味を持つ見張り台であった。
「あのお方も、事を急ぐべきだという書簡を送ってこられた。このままいけば、アースガルド中央議会だけではない。イングリッドランド王国も本気で動き出すだろう。そうなる前に、なんとしてもゲルニカの見張り台を手中にしなければなるまい」
「俺たちはただの駒だろ。利用される者。それ以上でも以下でもない。それなのに随分と信用しているんだな」
「フォルセナ戦争の敗戦から、我々デルーニ族の置かれた状況は悪化の一途を辿っている。あのお方はデルーニ族の未来を憂い、現状を打破するために戦っている。私も、人の親だ。破滅へと向かう未来ではなく、希望を抱ける世界を残したいと思っている」
 アルファードの眼は曇りなく、真っ直ぐ前を見据えていた。戦いを生業とする傭兵が、平和な世界を願う。そのおかしな構図に、シャールヴィが呆れたような笑みを浮かべた。
「ま、いいだろ。戦いがあって、それによって報酬を得られている限りは、誰も反発しねえよ。何を信じて戦うかは、お前の自由だ。だが、そのお方のために、いたずらに兵を死なせることはするんじゃねえぞ」
「わかっているさ。ここにいる者たちは、食うために傭兵として戦っているだけだ。それは私も同じ。駒として利用されるだけ。思想を掲げるならば、私がこの傭兵団を去る」
 シャールヴィが椅子から立ち上がり、天を仰いだ。東の方にあった陽が、中天にかかろうとしている。
「俺は戦場で派手に暴れられればそれでいい。武器を振るい、敵を殺し尽くす時、たまらなく生きていると感じることができる。生きていると感じることができなくなったら、生きながら死んでいるってことだ。それは生きているとは言わねえ」
 眼下では騎馬隊が教練を休止し、昼の準備に取り掛かっていた。一点にじっと視線を注いだシャールヴィが、ふと柔らかい笑みを見せた。
「…俺も飯にありつくとするか。生きていると感じなきゃ死んでいるのと同じだが、飯を食わなきゃ、自然と死んじまうからな」
 アルファードも立ち上がり、ゆっくりと腰を伸ばした。
 風に揺られて、昼食の匂いが漂ってきた。
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