凶刃 Ⅳ

文字数 2,157文字

 シャールヴィ・ギリング擁するマーナガルム傭兵団に打ち破られたヘイムダル傭兵団は、散り散りになって拠点である砦に帰還した。
 ゲッツの敗走を受けたカリム・ブライトナーは、すぐに三千の兵を率いて出撃。逃げ帰ってくる傭兵たちを受け入れ、デルーニ兵の追撃を牽制した。
 砦に帰還したゲッツは、すぐにカリムと密談した。名うての傭兵であるマーナガルム傭兵団の参戦を報告し、今後の展望を話し合った。カリムとの密談を終えた後は、リブロと共に部隊の再編に着手した。
「まずは損害を報告します。戦死した兵が三百を超え、負傷者が五十近くいます。それから隊長格のハレック、マルコが戦死しています。再編には小隊を取り潰すしかないでしょう」
 ゲッツもリブロも暗い顔をしていた。失ったものは大きいだけでなく、こちらの展望は見通せない状況だった。
「ハレックの穴埋めは、ベイオルフを隊長に格上げして、指揮をさせます。マルコの部隊は損害が大きいので解体し、各隊に振り分けることで対応します」
「結局、マルコのところが一番やられた訳か」
 マルコの部隊は第一陣の先頭にいた。最初の突撃でまともにぶつかり合い、その時にマルコは首を刎ねられている。指揮系統が乱れた状態では、末端の傭兵たちにはどうすることも出来なかっただろう。
「リブロ、どう思った。マーナガルム傭兵団、そしてシャールヴィ・ギリングを」
 ゲッツがリブロに訊いた。ゲッツの頭には、シャールヴィを止める方法は浮かばなかった。リブロの意見を聞くことで、なにか良い案が浮かばないかと思ったのだ。
「正直な話、我々の兵の練度と、マーナガルム傭兵団の練度はそれほど大差ありません。互角か、それ以上でしょう。問題はシャールヴィ・ギリングと、ギリング隊五百の騎兵です。あの五百は三千、五千にも匹敵するほどの騎馬隊です。そしてその五百を、シャールヴィ・ギリングという傑出した傭兵が指揮している。これは脅威以外のなにものでもありません」
 リブロの言うように、マーナガルム傭兵団のデルーニ兵は、それほどの実力ではなかった。ヘイムダル傭兵団の傭兵たちでも、充分に渡り合える。シャールヴィとその騎馬隊があまりにも鮮やかな動きを見せるために、マーナガルム傭兵団すべての兵が精鋭に見えてしまうのだ。
「団長や私、それから隊長格の傭兵ならば、シャールヴィと五百の騎馬隊だけが極めて精兵だとわかります。しかし、末端の傭兵までその考えを徹底できるかといえば、そうはいきません。先ほどの戦いでもそうでしたが、ひとりが恐慌をきたせばそれが伝染します。それを収拾している余裕はない訳です。そうなると、手段はひとつ、ギリング隊を動かさないことが大事になってくるでしょうね」
「動かさないったって、そんな簡単にはいかねえだろう。たぶんだが、あの騎馬隊はぶつかり合いになったら、真っ先に突撃してくる。あの騎馬隊で突っ切って、歩兵で押し込み、そして攻め潰すのが奴らのやり方なんだろうからな」
 先の戦いでも、アフタマート青年同盟は、マーナガルム傭兵団の後方で鶴翼を組んでいた。それはヘイムダル傭兵団を押し包もうとする意図であった訳だが、もともとアフタマート青年同盟は戦闘に加わる気すらなかったのだ。アフタマート青年同盟が後方で鶴翼を布いていたからこそ、ヘイムダル傭兵団は兵を横に展開した。そしてそこをギリング隊に突っ切られたのだ。言ってみれば、最初の心理戦でヘイムダル傭兵団は負けていた。負けたのは他の誰でもない、兵を展開したゲッツであった。
「今回の戦いで大半の傭兵に、シャールヴィ・ギリングに対する恐怖が植え付けられたと思います。そうなると、次の戦いではまず最初に恐怖から入らなければならないという訳です。ここから士気を上げるのはかなり難しいでしょう。ハレックのいた部隊や、騎馬隊がまだ戦意が高いですが、それだけでは如何ともし難いのが現状です」
 ゲッツは額に手を当てて考え込んだ。眉間に寄った皺が、現状の深刻さを物語っていた。たった一戦で、ここまで戦況を好転させることができるシャールヴィという男に、ゲッツ自身も驚いていた。
「私も考えてみますが、団長もお考えください。とはいえ、敵がすぐにも攻めて来るようでは、準備する時間もありませんが。できるだけ早く対策を立てましょう。何もしなければ、このままなし崩し的に敗れるのは見えています」
「ああ、わかってる。お前は部隊ひとつひとつを回ってやってくれ」
「承知しました。ではこれで失礼いたします」
 リブロが部屋を後にした。一人になった部屋で、ゲッツは思いに沈んでいた。
 シャールヴィを倒す方法だけではない。それとはべつに、ゲッツには不安があった。それはガウェインのことである。シャールヴィはまさしくガウェインが付け狙う仇敵。それが眼前に現れたことで、ガウェインが暴走してしまわないか、それを心配していた。
「数奇なもんだな。まさかこの俺が、あいつの面倒をみることになるなんてな」
 ゲッツが椅子から立ち上がり、窓の外を眺めた。腕を組み、ゆっくりと眼を閉じた。瞼の裏に映るものがある。それはゲッツの心に刻まれた傷みを蘇らせる。
「贖罪か、これは」
 在りし日の記憶と共に、ぽつりと吐き出された言葉。その呟きを聞く者は、いない。
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