戦端 Ⅳ

文字数 2,310文字

 宵闇に浮かぶ月の下で、ヘイムダル傭兵団の幕舎が並んでいる。篝火が揺れ、竃の煙が上空へ立ち昇る。傭兵たちは明日から始まる戦いに向けて、それぞれくつろいでいた。
 陣営から少し離れた岩場に、ガウェインがいた。ゲッツとの鍛錬で負った傷を手当てしてから、ひと息ついていた。
『お前は生きろ。何があっても、な。家族のために』
 頭の中をゲッツの言葉が駆け巡る。ゲッツとの鍛錬の後、ヘイムダル傭兵団は行軍に入った。その間もガウェインはゲッツの言わんとすることを考えていたが、答は見出せないままであった。
 ガウェインが視線を下ろす。視界に入ったのは、突き出た岩の上に登る人影だった。眼を凝らしてみると、そこには物憂げな瞳で月を見上げる、ランスロットがいた。
 ガウェインは自然と一歩踏み出していた。ランスロットと何か話すことがあるだろうか、そんな疑問すら浮かばないまま、その足はランスロットのもとへ向かっていた。
 傭兵として生きてきたゲッツ。日々の糧を得るために傭兵となったスタンリックやデュマリオ。戦士の誇りを胸に戦うベイオルフ。それがガウェインの知る傭兵たちであった。だが、ランスロットだけはどこか違うものを感じていた。それは初めて修練で対峙した時からずっと胸中にあった思いである。
 そして単純に羨ましかった。自分と変わらない年齢であるにも関わらず、ランスロットはガウェインを圧倒するほどの力を身に付けていたからだ。
 ガウェインはランスロットの側で足を止め、自分も夜空に視線を送った。相変わらず、月が淡い光を放っている。
「君はどうして傭兵になったの?」
 月を見つめたまま、ガウェインはランスロットに訊いた。ランスロットは微動だにしない。ガウェインのことを意に介していないような素振りであった。
「いつも思っていたよ。凄い剣の遣い手だなって。どうやったらそこまで遣えるようになるんだろうって思っていた」
 ランスロットの返事がないとわかっても、ガウェインは喋り続けた。初めて会った時から、近寄り難い雰囲気を醸し出していたのはわかっていた。だからガウェインも、明確な返答を期待してはいない。それでも何かを感じていたガウェインは、そのまま自分の胸中を語りはじめた。
「俺には仇を討ちたい相手がいる。それはデルーニ族だ。出来ることなら、すべてのデルーニを根絶やしにしたい。そう思っている。あんな酷いことができる奴らを、赦しちゃいけないんだ」
 気づけばランスロットの眼がガウェインに向いていた。興味のないようなふりをしながらも、ランスロットはガウェインの話をしっかりと聞いていた。だが、感情の動きは見られない。
「でも、毎日押し潰されそうにもなる。自分は本当に仇を討てるのか。現実に負けてしまわないか、いつも怖くなる」
 ガウェインは俯いた。それはずっと心の底で抱えていた苦しみだった。誰に話せる訳でもなく、ただ心に沈殿させておくしかできないこと。それが、年齢の同じランスロットを前にしたことで、自然と口をついて出てきた。率直に出てきた自分の本音に、ガウェイン自身も驚いていた。
「負けないほどに、強くなればいい。ただそれだけだ」
 はっとなったガウェインは顔をあげた。そこにはまた、月をじっと見つめるランスロットがいた。月光に照らされたその姿は神秘的で、まるで自分と同じ人間には見えないように、ガウェインは感じた。
「死ぬ気で仇を討つだけの腕を磨け。力は自信を与えてくれる。現実も、自分の心も、力があれば乗り越えていけるし、制御していくことができる。強さとは、そういうもの。すべてを制する力、それこそが強さだ」
 ランスロットがガウェインを見る。その視線に、ガウェインは一瞬身構えるような気持ちになった。
「剣の遣い方であれば教えてやる。でも、俺の剣を扱うことはできない。それは、戦いの中で完成させた、俺だけの剣だからだ。お前も戦いの中で、自分だけの剣を完成させるしかない。(わざ)とはそういうものさ」
 ランスロットが岩から降りた。降りる時も着地する時も、速く、しなやかで力強い。磨き上げられた力が、溢れ出てくるようであった。
「道なき道を切り拓くには、力が必要だ。泥水をすすり、友の屍を踏み越えて、自分の手を血で汚しながら、ここまで来た。俺には恐れるものなど何もない」
 自分の掌を見つめたランスロットが、何かの決意と共に拳を握りしめた。何故か、ガウェインは身体が震えた。自分とは違う。ベイオルフやデュマリオとも違う、ゲッツとも違う。このランスロット・リンクスという少年は、今まで逢った人間の誰とも違う。それをガウェインははっきりと感じた。
「明日から、戦いの日々だ。嫌でも力はつくさ。生き残ればの話だけどな」
 ランスロットが幕舎に向かって歩き出したので、ガウェインも後を追うようにして続いた。
「答えを期待していた訳じゃないけど、今はどうしても訊きたくなった。どうして傭兵になったのか」
 ガウェインは再び問いかけた。ランスロットが足を止める。
「戦う理由と、傭兵となった理由は違う。俺が今、ここにいる理由、それは…」
 ランスロットが首だけガウェインのほうへ振り向いた。ガウェインの背筋に、悪寒のようなものが走った。
「復讐だ。怨讐に囚われるつもりはない。けれどこの復讐を果たさなければ、俺は前へと進めない」
 ランスロットの瞳に宿る光。ランスロットに感じていた、何か。その光を見て、ガウェインはそれが何か、はっきりとわかった。
 復讐を誓う、二人の少年。
 その激しき炎は、やがて時代を変える情熱となる。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み