凶刃 Ⅰ

文字数 2,539文字

 拠点となる砦を確保したヘイムダル傭兵団は、カリム・ブライトナー卿の兵力を迎え入れた。ヘイムダル傭兵団とブライトナー軍の兵力を合わせて、七千五百の兵数となる。対してアフタマート青年同盟は、一度敗退したとはいえ、まだ八千強の兵力を有していた。
 カリムは事態を打開するために、近隣諸侯に援軍を要請。援軍到着まで砦にて兵を鼓舞していた。その後諸侯から援軍派兵の回答が来てから、すでに一ヶ月が経過しようとしている。間近に迫る反撃の機会に、兵の士気も上がっていた。
 ガウェインは滞陣中も修練を欠かさなかった。ゲッツとの修練はもちろんのこと、ランスロットと手合わせをする機会も増え、時にはベイオルフやデュマリオに相手をしてもらうこともあった。わずか一ヶ月ではあるが、ガウェインは自分の腕が上がっていくのを感じていた。
「体が強くなって闘気が上がってくれば、自然と大気、大地から溢れるアーテルを感じ取ることが出来るようになる。そこまでくれば、アーテルを体内に取り込んで、肉体を強化できる。いずれはアーテル・フォルスを操り、大きな得物を扱えるようになるし、常人技ではない闘技も繰り出せるようになる。ただ、アーテル・フォルスを使った闘技は、呪文の詠唱と同じで、使用の前後に隙を生じる。乱戦で容易に使おうと思わないことだ」
 砦の外の原野で、ガウェインはランスロットと手合わせをしていた。初めはランスロットに対して声を掛けづらい雰囲気を感じていたが、一度話してからはそんなこともなくなっていた。
「早くアーテル・フォルスを自在に扱えるようになりたい。そうすれば、自分より体の大きな相手とも戦えるようになる」
 ガウェインがブロードソードを見つめて言った。実戦で扱う武器を使うのは、ランスロットの提案であった。
「アーテルを体内に取り込むことに、最初は抵抗力が作用する。まずは慣れだ。そんなに焦らなくても、いずれ力はつく。今は地道に修練を重ねることだ」
 お互いに復讐という共通の目的を持っているからか、二人の間には奇妙な連帯感が芽生えていた。ガウェインもランスロットに対して、これまでにない親近感を抱いていた。
「そういえば、訊きたいことがあった。俺の復讐の相手は、シャールヴィ・ギリングっていうデルーニの傭兵だ。ランスロットが復讐したい相手っていうのは誰なんだ?」
 その瞬間、ランスロットの動きがぴたりと止まった。まるで時そのものが止まったかのような様子に、ガウェインは少し戸惑った。聞いてはいけないことだったかと、別の話題を振ろうとした時、ランスロットが静かに眼を閉じた。
「…俺の父は人間、そして母はデルーニだった」
「え…?」
 ランスロットの意外な出自に、今度はガウェインが固まってしまう。
「父と母は小さな工房を営んでいた。生活は豊かではなかったけど、それでも父と母が暮らしていた時期は、とても幸せだった」
 ゆっくりとランスロットが、自分の家族のことを語り出す。自分の家族のことが思い浮かび、ガウェインも神妙に聞き入っていた。
「俺は人間とデルーニのハーフである、混血種(ハイブリッド)として生まれた。大変なこともあったけれど、父や母がいたから辛くなかった。ある日、父は頼まれた品物を届けた出先で、命を落としてしまった」
「命を。どうして?」
 ランスロットが眼を開いた。一度だけ垣間見た、ランスロットの奥底にある光。それは復讐の業火に他ならない。この時、ガウェインはまたしても身を震わせた。
マラカナンの惨劇。父はあの忌まわしい事件に巻き込まれて死んでしまった。残された母は、父を喪った苦しみと、手のひらを返したような近所からの迫害で、精神を病んだ。そして自ら命を絶った」
「マラカナンの惨劇って…?」
 ガウェインが訊こうとしたその時だった。砦の塔から角笛が鳴った。それは集合の合図だった。眼を合わせたガウェインとランスロットは、同時に頷いて駆け出した。
「マラカナンの惨劇については、自分で調べろ。すぐにわかることだ。お前はもっと人間族とデルーニ族の戦いの歴史を知るべきだ」
 駆けながらランスロットが言う。その横顔は、ガウェインが知るいつものランスロットだった。
「戦闘準備だ。装備を整えて、すぐに集合せよ!」
 ランスロットと別れたガウェインは、甲冑を着込んで得物を持つと、すぐに自分の小隊のもとに駆けつけた。すでにスタンリックやベイオルフ、デュマリオらが揃っていた。
「あ、ガウェイン君、どこ行ってたの?」
「少し、外に」
「戦時だぞ、ガウェイン。常に戦いのことを頭から離すなよ」
 ベイオルフが間に入ってきた。こちらはすでに戦場の空気を強すぎるほどに放っている。
「待機命令は出てたけど、比較的緩んでたからな。それにしてもいきなりの招集とは、何かあったかな?」
 相変わらずベイオルフとは対照的に、デュマリオは相変わらず飄々としていた。
 招集が完了すると、すぐに出撃が伝達された。アフタマート青年同盟が再び七千の兵を率いて、モンテカルム城を出たとのことだった。全軍に緊張感が走り、喊声が拡がっていく。
「うわぁ、緊張する。なんか、皆、士気が高いね」
 緊張を解きほぐそうとしているのか、スタンリックが身悶えた。たしかにガウェインの眼から見ても、いつも以上に戦意が高まっていくのを感じていた。
「いよいよか」
 闘志を燃やすベイオルフが大きく息を吐いた。そのベイオルフを見て、デュマリオが肩をすくめた。
「今にも飛びかかりそうな気配を醸し出すの、やめてくださいよ、ベイオルフ殿。それはいざ激突の時まで取っておいてください」
「あほう、お前もわかっているだろう。一度撃退したデルーニ兵が、同じ兵数を繰り出してきた。しかも今度の兵数はほぼ同じ。これは事実上の決戦になることは間違いない」
 ベイオルフとデュマリオのやりとりを、ガウェインが後ろで聞いていた。
(そういうことか)
 ベイオルフの言葉を聞いて、ガウェインもこの戦いの意味を理解した。周りの戦意の高さも、それなら納得できるというものだった。
(でも、ここで終わりじゃない。俺の戦いはまだ続いていくんだ。だから、なんとしても生きて帰らなくちゃ)
 出撃。その号令を聞いたガウェインは、腹の底から雄叫びをあげた。
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