戦端 Ⅲ

文字数 2,337文字

 痺れるような衝撃が、掌から腕に伝わる。その衝撃に耐えきれず、ガウェインは手にしていた木剣を落としてしまう。慌てて拾おうとするも、無情な一撃が上から降って来る。全身に痛みが奔り、ガウェインは砂の上に両手と膝をついた。
「ほう。今日はここで止めようと思っていたが、そんな眼ができるのならまだ続けてみるか?」
 息も切らさずに言うゲッツに対して、ガウェインは奥歯を嚙みしめた。ゲッツとの鍛錬では毎度のように、あしらわれてしまう。ゲッツから受ける剣撃は数えきれないものになっているが、ガウェイン自身はゲッツに一太刀も浴びせることはできていない。ただただ悔しさだけが、ガウェインの内に蓄積していく。
 間合いを取ったゲッツが、木剣を構える。一分の隙もないゲッツが、ガウェインの前に立ちはだかる。常人では付け入ることすら難しい達人の型。どこから攻め立てればよいのか。ガウェインもやはり判断がつかない。それがまた焦燥感を募らせる。
 地に落ちた木剣を拾いあげたガウェインは、ゲッツと相対する。構えの型はゲッツと同じだ。剣の型も技も、動作も、すべてゲッツから学んだものである。この男とまともに渡り合うことができなければ、家族の仇を討つことなどできはしない。先ほどゲッツから受けた剣撃の痛みを堪え、ガウェインは集中力を高めた。
 ゲッツの剣先がわずかに動く。それに釣られるように、ガウェインの手も動く。だが、それはゲッツの誘いである。自ら動きを作ることによって相手を動かし、動作の間のわずかな弱点を衝くというゲッツの戦法だ。ガウェインは何度もこれにやられてきた。なまじ反応速度がすぐれているだけに、手が反射的に動いてしまう。ガウェインは自分の手を必死に制御していた。
 見極めるのは小さな動作ではない。ゲッツの全体をしっかりと捉え、動作そのものをその眼で補足すること。そして視界から外さないこと。ガウェインはそう答えを出していた。だがゲッツも巧者である。動作全体を把握できても、多彩な技術でガウェインを翻弄する。
 ガウェインとゲッツでは戦闘経験に埋めがたい差がある。一朝一夕でそれを埋めるのは不可能だった。それはガウェインにも理解できている。だがそれでもやらなければならない。意を決して、ガウェインは自分から踏み込んだ。
 ガウェインから仕掛ける。一歩踏み出し、ゲッツの正面から攻め立てる。技量の差を手数で補おうと、二撃、三撃と、ガウェインがゲッツに襲い掛かる。下段からの斬り上げ、斬り下ろし、突き。息もつかせないほどの連続攻撃だった。
「そんな剣撃じゃ、俺には通用しないぜ」
 ゲッツが口元で笑う。斬撃をいなし、突きを弾く。ゲッツが涼やかな表情で、ガウェインの攻撃を次々と防いでいく。またしても軽くあしらわれているようで、ガウェインはかっとなった。身体の血が沸騰する感覚がガウェインを支配する。ガウェインとゲッツの攻防が続く。
 再びガウェインが一撃を放つ。切っ先を軽く流したゲッツは、今度は自分が攻撃態勢に移ろうと動作に入る。その時、ガウェインの瞳が光った。ゲッツが攻撃に移ろうとしたその一瞬の隙。ガウェインはそこを狙いすましていた。そのために、連続で繰り出す攻撃も動作の小さいものにしていたのだ。
 力強く地を蹴ったガウェインは、全身全霊の突きを繰り出す。ガウェインの眼にはっきりと、ゲッツの右胸を突く木剣の切っ先が見えた。だが、手応えはなかった。
 ガウェインの突きが命中するその瞬間、体を捻ったゲッツは切っ先をかわし、ガウェインの懐に入り込んだ。
「狙いは悪くなかったが、まだ甘いな」
 ゲッツが木剣を振り上げる。ガウェインの腕は跳ね上げられ、手にしていた木剣が虚空を舞う。間髪入れずに、ゲッツが木剣を振り下ろす。一撃一撃が、ガウェインの攻撃よりも重い。三撃目、四撃目と、ゲッツの剣撃がガウェインを襲う。
 くるくると宙で回転していた木剣が落ちてきた時、そこには地に伏せるガウェインの姿があった。
 またしても届かなかった。自分の復讐が、途方もなく遠いものだと思い知らされている気がして、ガウェインは打ちひしがれた。
「逸りすぎだ、お前は。もっとよく相手を見極めろ」
 ガウェインの眼前にゲッツの木剣が投げ出される。もうガウェインの身体に力は残されていない。身体が動かないということは、終わりということだ。これが仇の相手なら、自分は虚しく散っているのだろうか。自分への絶望、失望。それが絶え間なく渦巻いていく。
「攻撃だけじゃねぇ。お前はすべてにおいて急いでいる。一度よく立ち止まって考えてみろよ。お前の家族は、何を望んでいるのか。お前の弟たちも、ばあ様も、そしてお前の

も、復讐を望んでいるのか?」
 ゲッツの声は普段と違って、語りかけるような優しいものだった。じっとガウェインを見つめるその眼には、鍛錬の時のような厳しさはない。どこか包み込むようなぬくもりが感じられた。
 地に伏したまま、ガウェインがぎゅっと拳を握り締める。顔をあげた先には、ガウェインが今まで見たこともない、穏やかな眼をしたゲッツがいた。何故、自分にこんな顔を見せるのか、ガウェインは驚いた表情になる。
「お前は生きろ。何があっても、な。家族のために」
 ガウェインに背を向けたゲッツは、その場を後にした。
 ゲッツが自分に投げかけた言葉。それは何を意味するのか。ガウェインはその意味がわからず、ただ茫然とその背中を見送るしかなかった。
 去りゆくゲッツの背は、ガウェインには大きく、雄々しく、そして超えられない壁のように映る。それは、記憶の底に確かにある、父デュウェインの背のようであった。
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