罪と罰 Ⅳ

文字数 1,948文字

 夜陰に紛れて蠢く影がある。月光が暴き出すその影は、周囲を警戒しながら進んでいた。
 ガウェインはデュマリオ、ランスロットら三十人と共に、ゲルニカ潜入作戦を決行していた。出発直前に手渡された地図には、ゲルニカから一セイブ(一セイブ=一キロと三百メートル)離れた森林に繋がる道が、ゲルニカ内部の倉庫裏手に繋がっていることが記されていた。
 森林は静寂に保たれていた。街道が近いために魔物も生息していない。デルーニの密偵がいる可能性もあるので、ガウェインたちは慎重に歩を進めた。
「ここだな」
 押し殺すようなデュマリオの声が聴こえる。それはガウェインの眼にもはっきりと見えた。こんもりと盛られた土の山に、雑草が生い茂っている。その土山の前に石碑のようなものがあった。
「じゃあ、行くぜ」
 デュマリオともう一人の傭兵が、石碑を横から押した。呼吸にして二つほど待つと、ゆっくりと石碑が動き、人一人分が通れる穴が出現した。
「こんなものが…」
 ガウェインは出現した洞穴を見て思わず口にしていた。押しのけた石碑に手を当てたデュマリオが小さく息を吐く。
「石碑は古代文字で書かれているな。俺にはわからんが、たぶん入植したばかりの人間族が書いたんだろう。ゲルニカ周辺も昔は魔物の生息圏で、ゲルニカは街道筋の見張り台として造られた。それでも見張り台そのものが魔物に襲撃されることもあったから、こんな脱出口を用意したのかもしれない」
 洞穴を前にして、ガウェインは改めて意気込んだ。遂に作戦決行の時がきた。気負い過ぎるガウェインを心配したのか、ランスロットがガウェインの肩に手を置いた。
 ガウェインたちは軽装であった。内側にチェインを仕込んだレザーアーマーを身に付け、武器はブロードソードとダガー、ナイフのみである。
「よし、行こうか。距離はおよそ一セイブだ。発狂したくなっても我慢しろよ」
 冗談めかして言うデュマリオのおかげで、少し空気が和らいだ。先頭で入った傭兵は、しばらく進んでから輝石で灯りを点けた。
「ほう、意外にも頑丈な造りだな。これなら崩落することもなさそうだ。生き埋めってのが一番困るからな」
 洞穴の造りを確認しながら、デュマリオが二番目に進んで行く。ガウェインはデュマリオの後ろに付き、ガウェインの後ろにはランスロットがいた。
 一セイブの行程は思っていたより長く感じられた。それでも誰ひとり、ひと言も発することなく、黙々と歩き続けた。
 先頭の傭兵が声をあげる。するとそれに続いてデュマリオも声をあげた。ガウェインも思わず首を伸ばす。やっと開けた場所に出た。そこは十人ほどがゆうに入れる空間で、天井は頭すれすれであり、手を伸ばせば触れられる位置にある。
「ここの真ん中の岩を動かせば、外に出れます」
 灯りを持った傭兵が、不自然に色が違う天井部分を指差した。そこが外側を塞ぐ岩なのだということは一目瞭然であった。
「よし。灯りを消せ。手がつくやつは手を掛けろ。せーので岩をどかすぞ」
 デュマリオの指示で、岩に手が掛けられる。ガウェインも手を掛け、デュマリオの掛け声と共に、力を入れた。岩が少しずつ動き、月明かりが洞穴内に差し込む。
 大人ひとりは充分に出入りできる穴がぽっかりと空いた。デュマリオが顎をやると、傭兵のひとりが穴から顔を出した。
「誰もいません」
「まず全員ここから出るぞ。最初に出た奴は周囲を警戒しろ」
 傭兵たちがぞろぞろと穴から這い出す。ランスロットの次に穴から出たガウェインは、倉庫の影から辺りを窺った。ゲルニカに満ちた静寂が、余計に緊張感を煽る。ガウェインは思わず喉を鳴らした。
 全員が穴から出ると、デュマリオが手で指図をする。事前に決められていた組に別れ、一組が門を目指す。もう一組はゲルニカの見張り台にある輝石台を目指す。輝石台は魔除けの輝石を設置してある塔で、今はアフタマート青年同盟とマーナガルム傭兵団の軍旗が掲げられている。
 門を開ける組は、二十人。洞穴を先頭で進んでいた傭兵が指揮する。塔を目指す組はデュマリオの指揮で十人。ガウェインはランスロットと共にデュマリオの組に入った。目配せをした後、三十人が二手に分かれる。
「まずは任務を果たすことだ」
 隣にいたランスロットがガウェインに言った。シャールヴィ・ギリングとの決着はそれからだと、ランスロットは言っているのだろう。ガウェインはランスロットの顔を見て頷いた。
「塔を目指す。遅れるなよ」
 デュマリオを先頭にして、十人が駆け出す。宵闇の中に妖しく光を放つ月が、十人の影を映し出している。
(待っていろ、シャールヴィ・ギリング。今日こそ俺は、お前を討つ)
 決意と共に、ガウェインはデュマリオの後を追いかける。隣にはランスロットが肩を並べて駆けていた。
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