罪と罰 Ⅷ

文字数 2,293文字

 常に見えていたのは、ゲッツの背であった。
 雨が降る日も、風の強い日も、修練を積み重ねていた。大きすぎるその背中を見つめる度に、その存在に近づきたいと、ガウェインは思っていた。
 今ゲッツが倒れ、仲間たちも崩れ落ちた。圧倒的な力の象徴であり、死を呼ぶ牙、シャールヴィ・ギリングに立ち向かえるのは、自分しかいない。その事実が、ガウェインを覚醒に至らしめた。
 これまでゲッツに受けた教え、ランスロットやベイオルフ、デュマリオと積んだ鍛錬が、ガウェインの脳裏に鮮明に蘇る。動作ひとつをとっても、その姿は見違えるものになっていた。
 間合いを取りつつ、シャールヴィの剣を払う。踏み込みざまに一撃を狙おうとするも、さすがにシャールヴィも剣撃を防ぐ。だが、ガウェインは確実に手応えを感じていた。
(力が落ちてる。これなら…‼)
 ゲッツとの戦闘で受けた一撃により、シャールヴィは疲弊していた。ガウェインに打ち込んでくる剣撃も、どこか迫力に欠ける。そして何より、その眼にはすっかり余裕がなくなり、顔には汗が流れていた。
 お互いに相手の得物を跳ね上げ、決定打を入れようとする。しかしそれを防いでまた間合いを取る。そんな状況が長く続いている。だが、確実にシャールヴィの体力は失われている。ガウェインはそれを確信し、集中力を増していく。
 シャールヴィも一撃に賭けていた。すでに戦況が敗北に傾いていることもわかっている。ここで勝っても、自分は捕縛される可能性が高い。デルーニの戦士としての誇り。それだけがシャールヴィを突き動かしていた。
 間合い。シャールヴィが一歩踏み込もうとすると、ガウェインは半歩退いた。その時、ガウェインの態勢がわずかに崩れる。足元に転がる瓦礫によって、体が傾く。その隙を、シャールヴィは見逃さなかった。
 シャールヴィが、ガウェインの剣を撥ね上げる。ガウェインのブロードソードが、宙を舞う。上段に構えたシャールヴィが、ブロードソードを両手で握る。
「今度こそ終わりにしてやる、小僧!」
 シャールヴィがブロードソードを振り下ろすと、突如炎を纏ったダガーが飛来し、シャールヴィの腕に命中する。呻きをあげたシャールヴィが、動きを止める。
「ガウェイン!」
 それはランスロットの投げたダガーだった。ランスロットがガウェインに視線を送る。それだけで、ガウェインは何をすべきか理解した。
 シャールヴィの手からこぼれたブロードソードを掴んだガウェインは、渾身の力で横に薙いだ。シャールヴィの左腕が、血飛沫を撒きながら地面に落ちる。少し退がったガウェインは、シャールヴィを睨みつけた。
「終わるのはお前だ。シャールヴィ・ギリング‼」
 両手で柄を握ったガウェインは、シャールヴィに突進。胸部目掛けて、ブロードソードを突き刺した。シャールヴィの体が痙攣し、口から噴水のように血が溢れてくる。シャールヴィの体に足を掛けたガウェインは、ブロードソードを引き抜いた。
 ゆっくりとシャールヴィの体が傾き、仰向けになって地に斃れる。その眼から光は失われ、わずかの動きもない。ついに、ガウェインは仇敵を討ち果たしたのだ。
 荒い息をつきながら、ガウェインはシャールヴィの屍体を見つめる。終わった。これで、故郷を失い、家族を喪った自分の傷が癒えて、みんなも報われる。ガウェインはそう思った。
「ガウェイン! 後ろだ‼」
 ランスロットの声が耳に届く。ガウェインは咄嗟に振り向いて、ブロードソードを構えた。火花が散る。ガウェインの眼前には、憎悪に満ちた瞳を向ける少年がいた。
「よくも、よくも父上を…! お前だけは、お前だけは絶対に許さない‼」
 シャールヴィと同じ褐色の肌。黒い髪。あどけない顔立ちをしたその少年こそ、シャールヴィの息子、ロディ・ギリングだった。ロディと鍔迫り合いをするガウェインは、すぐにそれを悟った。
 その眼にガウェインは胸を衝かれた。ロディがガウェインを見つめる眼。それは、故郷を焼かれ、家を打ち壊され、家族を惨殺されたガウェインの眼と同じ眼だった。
「う、うあぁ…」
 ガウェインは狼狽していた。自分はシャールヴィ・ギリングがしたことと、同じことをこの少年にしてしまった。その事実に、今気付いたのだ。復讐。ガウェインのその思いの果てが、ここにあった。

『俺には

がある。だから

を果たす。そして自分の過去に決着をつける。そうすることで、やっと歩き出すことができる。それから、果たせなかった約束を果たすために、また戦場に向かうことになる』

 不意にガウェインの頭に、ランスロットの言葉が浮かんだ。

。それが自分にあったのか。本当の意味での覚悟が。罰を下すこと。それは新たなる罪を背負うこと。罪を背負う覚悟はあったのだろうか。
 左手の甲と左の頬骨の辺りに、ガウェインは痛みを覚えた。ロディが剣を振り上げる。ほとんど無意識に、ガウェインはブロードソードを払っていた。それは、生への衝動であった。眼前で崩れ落ちていくロディの眼には哀しみと憎しみが宿ったままで、それはガウェインの瞼に深く刻まれた。
 音を立てて、ロディが地に伏した。自分の手には、シャールヴィ・ギリングのブロードソードが握られている。
 膝をついたガウェインは、ギリング親子の屍体を前に慟哭する。家族と故郷を失った、

と同じように。
 月が見届けた。復讐の結末を。冷たい光で、ガウェインを照らしながら。
 ゲルニカが燃える。それは怨念の火か、憎悪の火か。ゲルニカの外では、アフタマート青年同盟とマーナガルム傭兵団が撤退を開始し、勝利の歓声が拡がっていた。
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