戦端 Ⅴ

文字数 2,196文字

 東の方から眩い光が煌く。その輝きは朝靄を振り払うように、空を朱色に染めていく。
 陽に照らされた原野を軍勢が往く。勇ましく進んで行く兵たちには、ひとつの特徴があった。瞳の色が赤い。それはデルーニ族の証であった。
 モンテカルム城を制圧したアフタマート青年同盟は、アテン城攻略のために七千の軍勢を出していた。指揮官はアフタマート青年同盟の副将のひとり、デルガド・マグリフだった。身の丈は二トールと二バンチ(一トール=九十センチ/一バンチ=五センチ)を超え、手にする得物のハルバードがその威容をより増している。
「アテン城までどれほどだ?」
 まるで雄叫びのような野太い声が響く。その声に反応して、副官が素早く馬を寄せてくる。
「およそ九セイブ(一セイブ=一キロと三百メートル)です」
 デルガドの顔つきが一層険しくなる。見据える先は、攻略目標であるアテン城の方角である。
「所詮は小城、すぐに攻め潰してくれるわ」
 その意気込みは自信に満ちていた。人間など取るに足らないと思っているのだろう。付き従うデルーニ兵も同じく、行軍は勇ましいものだった。
 突如、喊声があがる。それは隊列の前衛から聴こえてきた。粛々と進んでいた軍勢の動きが大きく乱れている。
「何事だ!」
 手綱を引いたデルガドが、停止の合図を出す。ちょうど丘陵を迂回する行程であり、デルガドのいる本陣からは、前衛の状況を把握出来ない。
「敵襲! 前衛が攻撃されています!」
 丘陵の向こうから伝令が駆けてくる。中隊のデルーニ兵がざわつきはじめる。
「馬鹿な、斥候の報告では敵などいなかったはずだぞ」
 前衛のデルーニ兵は、いきなり頭上から降ってきた矢の雨を浴びた。丘陵を迂回したことで、本陣との連携も上手く働かない状態である。デルーニ兵といえども、この状況で動揺を隠せなかった。
 中隊からの援護が到着し、わずかに落ち着きを取り戻したと思った時だった。草むらからベイオルフ、デュマリオの一隊が踊り出してきた。
 ベイオルフが炎塵(スヴァローグ)を振るうと、二人、三人とデルーニ兵が宙に舞う。デュマリオが大シミターを振るえば、一人、二人とデルーニ兵が地に倒れていく。
 さらに反対側の草むらからも、ヘイムダル傭兵団が飛び出してくる。デルーニ兵が完全に落ち着く前に、一気呵成に打ち破ろうというものだった。
「このままではいかん。本陣を前進させるぞ!」
 デルガドが命令を下す。それに応じて本陣の兵が動こうとした時、丘陵の上から傭兵が駆け降りてくる。
「押し潰せー!」
 ハレックの小隊が駆け下りる。その中にはガウェインの姿もあった。先頭で駆け下りた十騎ほどの騎兵が、デルガド本陣の隊列を突き破る。騎兵が空けた風穴に入り込むようにして、パイク兵が雪崩れ込んでいく。
 ガウェインは眼前に立ちはだかったデルーニ兵を叩き伏せる。ひとり倒し、またひとり倒す。そうしてデルーニ兵を打ち伏せながら進む。止めを刺す余裕はない。後続が次々と押し寄せているからだ。
「くっ、おのれ…‼」
 デルガドは親衛隊を集めて核を作ろうとしていた。そこから盛り返し、混乱を収拾しようというのだ。しかし、前衛はすでにベイオルフ、デュマリオの働きによって潰走状態に陥っている。
 それでもデルガドは強引に反撃に転じた。自らハルバードを振るい、馬上から傭兵たちを蹴散らしていく。親衛隊もデルガドの意気に押されるようにして、前へと出ていく。
「人間どもが、小賢しい真似を! 踏み潰してくれるわ‼」
 長さ五トールはあろうかというハルバードを、デルガドが力任せに振り回す。傭兵たちもデルガドの豪勇の前に、動きが止まっていた。
 果敢にガウェインがデルガドに立ち向かう。だが、すぐに親衛隊に阻まれて押し戻されてしまう。やがてデルガドの周りにデルーニ兵が集まりはじめていた。
 後方から馬蹄が響く。ヘイムダル傭兵団本隊の騎馬隊であった。先頭で駆けているのはヒュバートである。
 騎馬隊は駆けてきた勢いのまま、デルガドの本陣に突っ込んだ。騎馬隊の突撃により、デルガドの周りにいたデルーニ兵も四散していく。
 ヘイムダル傭兵団の突撃で得物を失ったデルガドは、後続の騎兵によって馬から落とされていた。腰のブロードソードを抜いたデルガドが、ガウェインと対峙する。
 ガウェインがデルガドに打ち掛かる。デルガドは突き出されてきたパイクの先を、ブロードソードで弾く。さらにひとり、ふたりと、傭兵がデルガドに攻撃を仕掛ける。だがデルガドはそれすら防ぎ、傭兵をひとり討ち倒した。
 ガウェインがパイクを握り締める。その時、ガウェインの後方から馬蹄が聞こえた。駆けてきた一騎はランスロットだった。ランスロットのアロンダイトを受けたデルガドは、ブロードソードを弾き飛ばされてよろめいた。
 雄叫びをあげたガウェインが、デルガドに突進する。全身全霊の力をこめて打ち込まれたパイクは、間違いなくデルガドの喉元に命中していた。
 デルガドの体が痙攣する。駆け戻ってきたランスロットがアロンダイトを振るい、デルガドの首を刎ね飛ばした。
 ガウェインとランスロットが視線を交わす。お互いに強く頷いた。
「敵は崩れたぞ 追撃しろ‼」
 ヒュバートの声が戦場に拡がる。鬨があがり、傭兵たちが逃げるデルーニ兵を追い討っていく。
 ランスロットが馬腹を蹴って駆け出す。その後を追うように、ガウェインも駆けだした。
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