罪と罰 Ⅶ

文字数 2,196文字

 強者の対峙。それはさながら結界のように、両者の間に割って入ることは難しい。それほどの緊迫感が張り詰めている。ガウェインは、ただ二人の闘いを見守るしかなかった。
 ゲッツとシャールヴィが睨み合う。お互いに相手の実力を察している。自分と同等か、それ以上か。ゆえに迂闊に動くことができないでいる。そんな状況の中、シャールヴィが口もとに薄ら笑いを浮かべた。
「お前があの傭兵団の指揮官か。クク、お前のところのごみ虫共は斬り甲斐があったぜ。面白いように斬れるからな。おまけに指揮官が大したことをしないもんだから、こっちはやりたい放題だ」
「そうかい。斬り甲斐があると言ってもらえて安心したぜ。斬っている気がしないほうが、死んだ兵も浮かばれないだろうからな。俺の指揮については死んだ兵に申し訳ないと思っている。俺が大した指揮官じゃないことは、みんな知っているからな」
 さすがにゲッツはシャールヴィのあからさまな挑発に乗らなかった。冷静にシャールヴィの出方を窺っている。舌打ちしたシャールヴィは、ピュサールをわずかに動かす。それでもゲッツは動じない。膠着状態が続いた。
 先に仕掛けたのは、ゲッツだった。シャールヴィのピュサール目掛けて、デュランダルを打ち込む。連撃である。ピュサールをかいくぐって、剣撃を与えようという意図だが、シャールヴィも簡単に防御を崩さない。それどころか、連撃の合間に隙を狙おうと、眼を光らせる。
 ゲッツの攻撃が終わった瞬間、シャールヴィがピュサールを突き出した。半歩退いて躱したゲッツだが、シャールヴィはさらに踏み込んで、ピュサールを振り回す。
 得物の長さでゲッツを圧倒するシャールヴィだったが、大振りする動作の間を狙ったゲッツが、シャールヴィの間合いに踏み込む。しかし、シャールヴィがにやりと不敵な笑みを浮かべた。
 シャールヴィの体から放たれたアーテルフォルスと闘気が、ゲッツに直撃する。それを受けてゲッツは態勢を大きく崩した。ピュサールを振り上げたシャールヴィの体から、陽炎が上る。たわめられた闘気とアーテルフォルスが極限に達し、一気に解放される。
「終わりだ‼」 
 シャールヴィがピュサールを振り下ろす。衝撃音と共に、爆風が拡がる。思わずガウェインは眼を閉じてしまった。煙が濛々と立ち上がり、視界はまったく効かない。
「団長っ‼」
 ガウェインの呼びかけに応えはない。ぎゅっと唇を噛んだガウェインは、意を決して前へ進む。次第に視界が晴れ、周囲の状況が把握できるようになってきた。次にガウェインの眼に飛び込んで来たのは、信じがたいものだった。
 とどめの一撃を加えたはずのシャールヴィのピュサールの穂先が折れている。そしてシャールヴィ自身は、肩から血を流していた。
 シャールヴィの眼前に立つゲッツは、デュランダルを構えてシャールヴィを見据えている。ガウェインは思わず口を開けて見入っていた。
 デュランダルにたわめたアーテルフォルスを解放し、武器破壊と同時に必殺の一撃を繰り出す、攻防一体のゲッツの技だった。左手のガントレットでデュランダルの刃を握り、右手でリカッソを握って武器を破壊する。その後は右手を回して左手で柄を握り、斬り上げる。シャールヴィの一撃が命中する瞬間の衝撃音は、ゲッツがピュサールを破壊する音だったのだ。あっという間に逆転した状況を目の当たりにして、ガウェインも唖然とせざるをえない。
「ここまでだな、シャールヴィ・ギリングよ」
 ゲッツがデュランダルを振り上げる。しかし、何故かゲッツはすぐにとどめを刺さず、一瞬躊躇した。背後にいるガウェインの存在を感じたのだ。
 自分がこのままシャールヴィの首を獲ってもいいのか。ガウェインの手で決着をつけるべきなのではないのか。その迷いが、ゲッツの隙を生むことになった。
 シャールヴィが腰のブロードソードに手を掛ける。ガウェインが声をあげた時には、すでに遅かった。
 鋭い切っ先がゲッツを襲う。首筋に走った斬撃が、ゲッツの全身に痛みをもたらす。雄叫びをあげたシャールヴィが、思い切り体をぶつけてゲッツの態勢を崩す。
 デュランダルが地面に落ちる。それを見たガウェインは、咄嗟に駆け出していた。
「く、来るな、ガウェイン!」
 ガウェインの足が止まる。シャールヴィがゲッツの肩に、ブロードソードを突き刺す。苦痛に顔を歪めながらも、ゲッツはシャールヴィを睨みつけている。
「気に入らねえなぁ。これから死ぬってのに、なんだ、その顔は?」
 ブロードソードを引き抜いたシャールヴィは、ゲッツに拳を叩き込む。三発の拳打の後、ゲッツの顔面を掴んだシャールヴィは、ゲッツを兵舎の壁に投げ飛ばした。
地爆撃砕波(ヴァント・べーベン)‼」
 地のエンチャント攻撃が、ゲッツに炸裂する。衝撃と共に土煙が舞い上がり、ゲッツの安否は窺えない。
 ガウェインは駆け出していた。自分がシャールヴィに勝てるか。互角に渡り合えるか。そうした逡巡はもう消えていた。ただ、怒りがガウェインの体を支配している。ガウェインとシャールヴィのブロードソードが鍔迫り合い、火花が散る。
「小僧…‼」
 ガウェインはしっかりとシャールヴィを見据えた。様々な感情が体を巡り、それがやがて力へと変わっていく。
「シャールヴィ・ギリング! お前は…、お前だけはぁーーーっ‼」
 月が見守る、二人の対峙。月光が淡く、妖しく、地上に降り注ぐ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み