第14話

文字数 656文字

不良漫画じゃあるまいし、それがまともな大人の思考から出てきたことなのか、と芽衣里は思ってしまう。

「なるみはそいつに馬鹿にされたの?」

「うん。もちろん間接的に、ではあるけどね...」

「差し支えなければどんなことで?」

「私、臨月になって血圧上がって大学病院送りになったじゃん。それで帝王切開で産んでるでしょ。そういうことかな...」

にわかには信じがたい話だ。大学病院送りになったのも、帝王切開で出産したのも、安全を優先した上で医師が最善と判断したからだろう。それについてなぜとやかく言われるのか。

「なんかね、レディースクリニックで自然分娩して母乳育児してる人が偉い、みたいな空気があるんだよね。あと仕事持ってるかどうかとか...」

そんな話、一時に過ぎないだろう。望菜実とていつまでも赤ん坊なわけではないのだ。だが、なるみにとってはこのひとときが長いトンネルにいるように感じるのであろう。

「私、仕事も辞めてるし、ずっとこうやって下に見られて行きてくのかな、って不安になっちゃう...」

テーブルに顔を伏せるなるみはかつての面影がどこにもない。学級委員をしていたなるみ。書道大会で特選を受賞したなるみ。学年1位の成績を取ったなるみ。卒業式で答辞を読んだなるみ。あれらは現実の姿だったのか。

「私が言うのもなんだけど、あんまり気にしないしかないんじゃない。少なくとも私は何があってもなるみを見下したりはしない」

「ごめんね、せっかく来てくれたのに、湿っぽい話で...」

「全然。辛くなったらいつでも連絡していいから」

「ありがとう」
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登場人物紹介

大野芽衣里、37歳。

特技、趣味、欲なしで生きてきたフリーター。

坂月なるみ、37歳。

芽衣里の中学時代の友人。

長年不妊治療をし、やっと出産を果たす。

坂月望菜実、0歳。

なるみの娘。

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