第1話

文字数 865文字

20XX年X月X日 読日新聞 朝刊 一面 見だしより
『安楽死法案可決 
X日、衆議院本会議にて安楽死を合法化するための改正医師法が与野党賛成過半数となり、可決された。これ  により日本国内において安楽死を行うことが可能となる。法案の起草より尽力した関東医科大学病院院長の若生和夫氏は「やっと国際基準に追いついた。苦しんでいる患者さんが解放されるきっかけになれば」、と歓迎の意を述べた。20XX年X月X日より施行される』

エレベーターはほぼ各階に停車した。ドアが開く度に誰かが乗ってくるのだけれど、大概一人きりではなく介添えの人がくっついてくる。点滴を看護師に引きずってもらっているパジャマ姿のおじいさんだったり、娘らしき女性に車椅子を押されているおばあさんだったり、とスペースを多く必要とする乗客が相次ぐ。一番上階から乗り合わせていた大野芽衣里は、たちまち奥へ端へと追いやられてしまった。下位階に着く頃には、もはやパンパンに混雑を極め、待っていた人に見送ってもらうしかなかった。

病院がこんなにカオスな所であったなんて、健康優良児で病気はおろか風邪とも無縁な芽衣里は知らなかった。こんなことなら階段を使って下りた方がよっぽど速かっただろうし、本当に必要としていた人が乗れたに違いない。なんだかどっと疲れてしまって芽衣里はエレベーターホールの壁によりかかって一息ついた。

一階は総合受付と会計がある。カウンターと自動精算機の前にはこれまた夥しい数の椅子が並び、電光掲示板を眺める患者でぎっしりあふれている。

みんな大変なんだな。

友人の出産祝いを兼ねた見舞いのため気楽に訪れた芽衣里は、ここでは異種だろう。

自分もいつあちらの側に行かなくてはならないのか。

そんなことを考えながら、ふと壁に貼られたポスターを目にした。

『希望死外来受付のお知らせ この外来を受診するにあたり、他院からの紹介状は必要ありません。ご興味のある方は下記のQRコードを読み込み、予約をしてください』

希望死外来。

聞いたこともない診療科だ。芽衣里は面白半分、コードを読み取った。
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登場人物紹介

大野芽衣里、37歳。

特技、趣味、欲なしで生きてきたフリーター。

坂月なるみ、37歳。

芽衣里の中学時代の友人。

長年不妊治療をし、やっと出産を果たす。

坂月望菜実、0歳。

なるみの娘。

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