第22話

文字数 786文字

芽衣里の実家は決して裕福とは言えない。父は高校卒業後に上京し、小さな建設会社で経理をし、65歳まで勤め上げた。母はあまり程度の高いとは言えない短大を出、父の取引先企業に勤務しており、双方の仲介により結婚したという。二人とも当時としては晩婚にあたる年齢だったそうだ。

父の収入は高いわけはなく、とてもマイホームを持てる余裕などなかったため、母の実家で新婚生活は始まった。よくある話だが、子作りはスムーズとはいかなかったらしい。諦めかけた時に芽衣里を授かったため、名前の由来はこの命の芽を守り抜くのだという母の意思がこめられているようだ。芽衣里からすれば、いわゆるキラキラネームのため、学校でも職場でも話題の的にされやすく、迷惑この上ないのだが。

両親にとっては待望の我が子であったのだろう。だが、芽衣里は二人の期待に何かしらの形で応えることはできなかった。幼稚園に入ってすぐにそれはわかった。運動も音楽も工作も、すべてが並か、あるいはそれ以下の出来であり、芽衣里自身も熱意を持って何かに取り組むことはなかった。小学生になって勉強が始まっても状況は好転しなかった。一方で両親も芽衣里に投資するほどの経済力はなく、いつしか親子ともどもドライな関係を貫くようになった。

それでも芽衣里の両親は不幸そうには見えない。確かに母は自分の両親と同じ墓に入れない点は寂しいと口にはしているが、だからといって父と同じ墓に入りたくないとは言ってない。

自分の母親より、身なりは綺麗にしているし、家族構成も申し分がないようにしか見えない中尾だが、その実は孤独と悲壮感の塊である。幸せとは程遠い。

芽衣里は中尾に言いたいだけ言わせた。そしていつしかすっきりしたようで、「ごめんなさいね、こんな愚痴ばかりで」、と言い、お開きとなった。

別れ際には、「是非、ご一緒したいわね」、と言われた。芽衣里は曖昧に同調した。
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登場人物紹介

大野芽衣里、37歳。

特技、趣味、欲なしで生きてきたフリーター。

坂月なるみ、37歳。

芽衣里の中学時代の友人。

長年不妊治療をし、やっと出産を果たす。

坂月望菜実、0歳。

なるみの娘。

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