第2話

文字数 782文字

芽衣里が関東医科大学病院を初めて訪れた二週間後。7月も中旬を過ぎ、梅雨明け宣言が出た頃のことである。

関東医科大学病院の待合室に芽衣里は来ていた。

そこは他の外来とは違い、待合いの患者でざわついている空間ではなかった。まるで就職の面談を待つ学生のように、シンとした廊下の壁際に椅子が並んでいる。

これが希望死外来なのか。

滅多に病院に来ない芽衣里であっても、ここの異様さは読み取れた。

出産祝いの帰りにQRコードを読み込んだ後、芽衣里は家に帰って内容を熟読した。

「人生をベストタイミングで終えたい人のためのお手伝い」、がこの診療科の目的らしい。その趣旨に芽衣里が沿うのかどうかはわからない。が、普段、物事すべてに対して興味のわかない芽衣里が、珍しくそそられ、話を聞いてみたいと感じた。

別に今すぐ死にたいとは思わない。でもこのまま生きていきたいとも思わない。

それが芽衣里の率直な意見だ。芽衣里は何事にも執着がなく、気力や気概といった言葉とも無縁な人生を送ってきた。

この先、大変な目に遭うのであれば、トラブルのない今のうちに終えるのも一つの手かもしれない。立つ鳥跡を濁さずとも言うではないか。そう考え、芽衣里はこの外来を予約した。

「本日のご予約をされた患者さんでいらっしゃいますか?」

廊下を歩いてきた中年の女性看護師が芽衣里に声をかけてきた。

「はい。そうです」

「ではこちらへどうぞ」

看護師は芽衣里の背後にある扉を開け、中に入るよう促してきた。

中は診察室というより、誰かの書斎のようだった。パソコンが置かれた大きめのデスクが窓を背に配置されており、左右には専門書とファイルが並べられた本棚がある。

「こちらにおかけになってお待ちください。もうじき先生が参ります」

デスク上のパソコンと逆向き、つまり窓を向いた位置に置かれた椅子に座るよう、看護師は案内した。芽衣里はそこに腰を下ろした。
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登場人物紹介

大野芽衣里、37歳。

特技、趣味、欲なしで生きてきたフリーター。

坂月なるみ、37歳。

芽衣里の中学時代の友人。

長年不妊治療をし、やっと出産を果たす。

坂月望菜実、0歳。

なるみの娘。

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