第7話

文字数 1,216文字

5分ほどして芽衣里は終わりました、と吉田に声をかけた。吉田ははい、と言って中腰から立ち上がった。

「ではそれぞれの項目について詳細の説明をします。もし保有がなければそこは対応不要になるので、二重線とかで消してしまって構わないです」

至極明るく吉田の解説は始まった。一般的な検査や手術とまるで変わりない様子だ。

「まずは銀行預金についてですね。これはみなさん該当されるはずなので、よく聞いてください。亡くなるとその方の口座は凍結になります。第三者がお金を引き出すこともできません。動かすには亡くなった方の出生からの戸籍が必要です。何度か引越ししている場合は籍を置いたすべての自治体の分が必要です。また銀行によっては口座を一定期間使用されないと手数料が生じる場合があります。当然、この手間は遺族に降りかかります。なので預金は生前に全額引き出しておかれるか、口座の暗証番号を開示するかどちらかしていただきいて、診療日には通帳をお持ちいただきます」

初っ端から面倒な話だった。見た感じ、他もかなり複雑そうだ。

「生命保険の加入ですが、ご自身でかけていなくてもご家族がかけている可能性があるので、そこも確認してください。自分でかけているものは保険証券を持ってきてください。それから職場ですが、退職しろとは言いませんが、亡くなったことは伝えないと同僚の方にご迷惑です。連絡先を教えてください。趣味のクラブに入っているとか化粧品とかの定期便を取っているようなら、解約しておいてください」

クラブには所属していないし、定期購入しているものはない。ここは対応不要だ。

「次に気をつけて欲しいのが、デジタル関係になります。ご自身で管理されているアカウントはできるだけ削除しておいてください。特に有料サイト運営をしていると、引き落としはそのまま続いてしまいます。ギリギリではなく、余裕を持って対応してください」

これも特に関係なさそうだ。問題はこの後だった。

「訃報を伝えて欲しい方のリストを作ってください。例えば年賀状のやり取りをしている方ですとか。私どもからご家族にその旨をお伝えしておきます。それから身辺は整理してきてください。決してゴミ屋敷のままにしておいたりしないでください。今はゴミを出すにも費用がかかる時代です。遺された方たちが整理するのに何十万もかかった、なんてことにならないよう、自分で処分しておいてください」

あまり部屋が綺麗だとは言い難い芽衣里にとって、これは耳の痛い話だった。

「続きまして、親族間及び地域においてご自身がされている役割を可能であれば引き継ぎしておくこと、できなければ書き出して我々に知らせてください。例えば身内の誰かの保証人や身元引受人になっているとか、地域の回覧板やゴミ出しなどのルールで自分だけが家族内で知ってることとかです。これらの情報はおざなりにすると、遺された方たちの生活が脅かされることもありますのでしっかりやりましょう」

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

大野芽衣里、37歳。

特技、趣味、欲なしで生きてきたフリーター。

坂月なるみ、37歳。

芽衣里の中学時代の友人。

長年不妊治療をし、やっと出産を果たす。

坂月望菜実、0歳。

なるみの娘。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み