第23話

文字数 598文字

春になった。

桜の花びらが風に舞う頃、芽衣里は美容院に行った。芽衣里は年に一度しか美容院に行かない。一年間、伸ばし続け、ばっさり切る。まだ白髪もなく、髪型のこだわりもないため、節約を兼ねてそうしている。

別に気に入っているわけではないが、最寄り駅の前にある美容院にいつも行く。シフト勤務で休みがまちまちな芽衣里は事前予約が困難であるが、この店はいつ行ってもすぐに入れるからである。

「いつもと同じ感じでよろしいですか?」

担当する美容師は笑顔で芽衣里に確認する。そういえば去年も一昨年も彼女が担当していた。一年に一度しか来ない客であるのに、彼女はきちんと芽衣里のデータを記憶しているのか。

「今年の夏は友人の結婚式がたくさん入ってるんですよ。おめでたいんですけど、ご祝儀が大変なんですよね」

芽衣里の手入れがなされていない傷んだ髪を切りながら、彼女は言った。

今年の夏、か。自分は存命しているのか。

「大変ですね。結婚式って出たことないんで、わかんないですが」

「えっ、そうなんですか。すいません、余計な話してしまいまして...」

美容師は鏡の中から芽衣里と目を逸らした。おおよそ、芽衣里が友人のいない寂しい人なんだろう、とでも思っているのだろう。そう思いたいなら思えばよい。芽衣里は彼女に合わせて黙った。

芽衣里はその場で適当に人と付き合う。だから必要以上に人と親密にはならない。それで特に寂しいと感じたことはない。
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登場人物紹介

大野芽衣里、37歳。

特技、趣味、欲なしで生きてきたフリーター。

坂月なるみ、37歳。

芽衣里の中学時代の友人。

長年不妊治療をし、やっと出産を果たす。

坂月望菜実、0歳。

なるみの娘。

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