第28話

文字数 744文字

「1歳になった途端に職場復帰した人も多いんだよね。それかお受験のために行動始めてるか。うちはそのどれでもないからさ...」

望菜実は幼児用マグカップを両手で持ち、コクコクと飲み物を飲んでいる。去年ここに来た時はほとんどの時間を眠って過ごしていた。なるみの腕の中かベッドの上で。

「ご主人はどうして受験反対派なんだろうね」

「多分、関心ないんだと思う...」

なるみは寂しそうに俯いた。

「どうして?待望の赤ちゃんだったんでしょう?」

「そう思ってたんだけどね。そうでもなかったみたい。私がすごく子ども欲しがってたからそれに合わせてただけみたいで。いざ生まれてみたら、冷めちゃったみたい。待ち受けも、なんだかわけのわからないアニメの女の子にしてるしね...」

芽衣里はアニメについて偏見はない。くだらないとも気持ち悪いとも思わない。その人が好きで大切なら、それは尊重されてしかるべきだと思う。だが、家族よりアニメにうつつを抜かしている、と妻が感じるのであれば、それは深刻な事態と言えるのか。それとも娘を待ち受けにするよう妻が夫に強いるのが、ある種のハラスメントに当たるのか。

「考えすぎじゃない。あんなに頑張って産んで、こんなに頑張って育ててるんだよ。かわいいに決まってるよ」

「だといいけど、もう自信ないな。私たち、なんだかみんなから歓迎されてないみたいで、悲しいの...」

「そんなことないよ。どうしてそんな風に言うの?」

「主人だけじゃないんだ、望菜実に関心ないのって。主人の家族もなんか変わってて、儀礼とかしきたりとか嫌いだからって全然何もお祝いとかしてくれないんだよね。今は赤ちゃんでわからないからいいけど、大きくなって周りと比較したらどうしようって心配。みんな盛大に誕生パーティーやってるから...」
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登場人物紹介

大野芽衣里、37歳。

特技、趣味、欲なしで生きてきたフリーター。

坂月なるみ、37歳。

芽衣里の中学時代の友人。

長年不妊治療をし、やっと出産を果たす。

坂月望菜実、0歳。

なるみの娘。

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