第4話

文字数 983文字

だとすれば芽衣里はこの世界に居場所はないのだろう。

「ここにいらっしゃる方はね、みなさん深い悲しみと孤独感を抱えています。私はその理由の詳細までは探りません。だけど、ここを利用する上での趣旨は理解していただかないといけません」

そう言うと院長はファイルの中から一枚のA4用紙を芽衣里に渡してきた。

『希望死外来を受診された患者さまへ 
本日はお疲れ様です。次回の受診日は本日より1年後となります。それまでに条件をクリアされることが必須です。一つでも満たさない場合、診療を行いません。また新たにご予約を受け付けることはできかねますので、ご注意願います。※当外来のご予約はお一人様の生涯につき一回に限られています』

「大野さんがご希望されるのであれば、1年後の今日、私はあなたに安楽死を行います」

芽衣里は顔を上げ、院長を見た。

「但し、それにはいくつかの条件すべてをクリアしてきてもらう必要があります。詳細についてはこの後、看護師から説明させます」

「はっ、はい...」

「勘違いしないでもらいたいのは、ここは自殺幇助をする機関ではない、ということです。安楽死とはあくまで苦しんで生きている患者さんに対して安らかにお亡くなりになってもらう方法です。そこをよく理解してください」

1年後、自分は死ぬ、のか。急展開に芽衣里の頭は追いついていなかった。かたや院長の話は続いていた。

「この外来について少し紹介させてください。私はこの病院の院長であり、精神科医です。数年前、国会で安楽死法案が可決されたでしょう。あの後押しをしていたのは私です。ところでなぜ精神科医の私が安楽死を合法化させたいと考えたか、おわかりになりますかね?」

突然の質問に芽衣里は詰まった。どころか芽衣里は安楽死法案について議論が起きていた世相さえも知らなかった。世の中の動向にほぼ無関心だからだ。

「普通、安楽死は終末期医療に携わっている分野の人から出てくる話でした。末期癌で苦しんでいる患者さんを診てる病棟の医師とかね。でも私はそれだけがすべてではない、と考えていたから国に対して安楽死を合法化するよう提言しました」

院長は本棚から分厚い学術書を出し、ページを開いて芽衣里の前に置いた。

「これは厚生労働省が各国の自殺数をまとめたデータです。これを見ての通り、日本の自殺数は世界トップクラスです。よくメディアでも報道されてますね」
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登場人物紹介

大野芽衣里、37歳。

特技、趣味、欲なしで生きてきたフリーター。

坂月なるみ、37歳。

芽衣里の中学時代の友人。

長年不妊治療をし、やっと出産を果たす。

坂月望菜実、0歳。

なるみの娘。

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