第35話

文字数 699文字

自分とてもう若くはない。いつあちらの側に入ってもおかしくはない。

だが、芽衣里の性格上、それは御免だ。病気になりたくなければ、怪我もしたくない。高齢になれば、あちこちが効かなくなる。その前に自分の人生にケリをつけてしまいたかった。

「大野さん、大野芽衣里さん。どうぞお入りください」

一年前、若生と面談したあの部屋の扉を吉田看護師が開けた。芽衣里は中に入る。すでに若生医師はデスクにいた。

「ではお渡ししている資料をチェックしますので、出してください。結果によっては処置が受けられない場合もあります。その点はご了承ください」

芽衣里は資料を手渡した。すぐに吉田看護師と若生医師によるチェックが始まった。

金融関係は銀行口座を除いて保有はない。車両やペット、ネット上のアカウントもない。契約しているサブスクリプションサービスもない。墓と葬式の手配はついている。公的な証明書は健康保険証だけだ。通帳は暗証番号を明記して提示した。実家と職場の連絡先は書いた。

すぐに確認は終わった。問題点はないという。

次に若生医師による面談が始まった。三つの質問に関する答えについて問うものだった。

今、死にたい理由については、これ以上生きる理由を感じないため、と答えた。一年間よく考えたが、やはり変わらなかった、と。

周囲に自分の死がどう映るかについては、深い付き合いのある人はいないため、悲しみに暮れるほどのものをもたらすことはない、かえって芽衣里らしい最期だと評価されるのでは、と芽衣里は言った。

生まれ変わったら何になりたいか、については、「木」とした。樹齢500年の木になり、ゆっくりと時代の移り変わりを眺めていきたい、と述べた。
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登場人物紹介

大野芽衣里、37歳。

特技、趣味、欲なしで生きてきたフリーター。

坂月なるみ、37歳。

芽衣里の中学時代の友人。

長年不妊治療をし、やっと出産を果たす。

坂月望菜実、0歳。

なるみの娘。

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