第15話

文字数 918文字

その年の年末、同居していた芽衣里の母方の祖母が亡くなった。98歳だった。死因は老衰だ。もう何年も衰弱により寝たきりの生活となり、芽衣里の母親が在宅医療の手を借りながらなんとか面倒を見てきた末の死だった。

98歳ともなると、親しい人間はすでにこの世を去っているケースが多い。芽衣里の祖母もご多分に漏れずそうだった。そのため葬儀は芽衣里の両親と芽衣里、芽衣里の叔父だけで小規模に行うに留まった。

年の瀬が迫る中、芽衣里の両親は祖母の死後処理に奔走した。小さいとはいえ、葬儀のために檀家の寺に連絡を取りお経を上げてもらうのを依頼するところから始まり、銀行口座の閉鎖や年金の打ち止めに死亡届け提出といった公的手続き、一族の墓への納骨、と竹縄式に仕事が続いた。

一連の流れを傍観していた芽衣里だったが、あの日に病院で看護師の吉田が話していた通り、人一人の死に伴う周囲の負担はかなりのものだと、祖母の死を通して思い知った。


四十九日が過ぎ、やっと落ち着いたきた1月の下旬、事件は起きた。

祖母の遺品を整理している最中に母が転倒し、左足を骨折したのだ。全治は三ヶ月。入院はかろうじて免れたが、しばらくは絶対安静を命じられたため、家の用事が回らなくなった。

芽衣里の父親は退職し、家でぶらぶらしているが、まったく生活力のない人である。買物を頼もうにもとんちんかんであり用語すら通じない、やっとのこと頼んでも買い間違いをする。洗濯機の使い方はおろか、洗剤の種類も入れ方もわからない始末だ。挙げ句、ゴミの分別方法を知らないのは当然のこと、そもそもゴミ出しの曜日と回収場所もわからなかった。電球が切れても替える術を知らぬため、芽衣里が家に着いた時に暗闇に佇んでいた父を見た時はさすがにぞっとしたものだ。さらにはお隣りさんから回覧板が来たが、次に回す家がわからず、何日も大野家に留めてしまい、町内に迷惑をかけてしまう失態も犯した。

母がなんとか動けるようになるまでの一ヶ月と少しの間に、芽衣里は何度仕事から帰宅して家に上がった途端に驚愕したことか。それでも父は明るく笑ってテレビを観ながら芽衣里に「おかえり」、と一言返す。それ以外については聞き流す。芽衣里はほとほと疲れた。
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登場人物紹介

大野芽衣里、37歳。

特技、趣味、欲なしで生きてきたフリーター。

坂月なるみ、37歳。

芽衣里の中学時代の友人。

長年不妊治療をし、やっと出産を果たす。

坂月望菜実、0歳。

なるみの娘。

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